賢王女ソフィア・ベルの冒険

ハピーメロウの旅行記~神殿都市ヴォラートゥス~

 コルヌ荘園領から南に5日。

 ウェストヒースの茂みが長く続く街道を馬車で進むと、神殿都市ヴォラートゥスに辿り着く。ヴォラートゥスは比較的歴史の浅い都市だから、白亜の城壁も城門もまだ作りかけで、ところどころ木組みの壁が残っている。

 通行手形を提示して、衛兵に目的を伝える。おおよそ6-4分ほど問答して、通行を許される。

 攻め込まれることを想定して作られていないためだろう。2つの門を繋ぐ城壁の天井に殺人孔や狭間は作られていない。代わりに創造主シグノの夢見の絵画が、石の天井に緻密なタッチで描かれていた。


 創造主シグノ。

 かつて世界を作り、滅ぼしてから姿を消したはじまりの子ども。


 その創世の様子から、世界の変容に涙し滅ぼすまでの様子。それと、生き延びた7柱を表すモチーフ――背中合わせの剣と本、涙の乗った天秤、万象の流転を示す空と海、三つ開いた知的な目、歯車仕掛けの翼とバツ、赤い心臓と祈りの手、何者も存在しないことを表す空白――が創世から滅亡までの絵を囲むように描かれている。

 じっくりと眺めていたいが、通行の邪魔になってしまうため、速足に進む。


 城壁の中は、流れ込む川によって3区画に分けられていた。

 一番手前(北側)にある宿屋に宿泊の旨を伝えると、アトワルデ王国の平均より少し安い値が提示された。今発展させるために力を入れているという噂は本当だったらしい。荷物を整理してから、町へ繰り出す。


 北エリアには宿場町と宗教関連の施設が多い。

 シグノ教の大聖堂がある隣に7女神信仰の修道院があり、そのすぐそばに祈りのための台座や土地の精霊と交信を行うための樹木が植えられている。

 教会に入る人は会釈をしながら、樹木に向けて跪く人々の後ろを通り抜けていく。

 その合間を通り抜けていく年若い同じ制服を着た子どもたちは、ヴォラートゥス神学校や都市立図書館・博物館に吸い込まれていく。


 中央エリアは、知っての通り屋台通りだ。

 元は貧民街だったのを、フェリシア元王女が声をかけて回り、仕事を作り斡旋し、衣食住を保証することで周辺諸国からの観光客も訪れるほどの屋台通りに生まれ変わった。


 私の今回の目的も、この屋台通りだ。


 春の日差しを思わせる優しくやわらかな光が、鉱石灯からあふれている。

 紅や黄色が主体の屋根が立ち並び、軒先や店の中に所せましと商品が並べられている。

 北エリアで栽培されたハーブを加工したブーケ、今朝あがったばかりの魚を使ったソテー、採りたてのハニーアップル飴。

 きめ細やかな刺繍が施されたブラシ、毛並みで立てる音を阻害しない伝統の服、妖獣の角で作られたアクセサリー。

 音波を飛ばして景品を落とす射的、絶対音感腕試しの看板を上げたくじ、マシロチドリの雛すくい。

 魅力的な品々が我も我もと客を魅了する屋台通りで働くのは、つい先日まで貧民街で自堕落に生きていた者たちだと言うから信じられない。

 もちろん中には、現在の生活を好むものもいたのだが、そういった者は大聖堂などに引き取られていったと聞く。

 総じて治安は悪くない。夜中の一人歩きこそまだ危険だが、昼間や夕暮れ時くらいなら、一人行動も怖くはないだろう。



カスパー・ヴェルムス『アトワルデ王国紀行 西部編』(BO選終文紀XXXX)グライスリー書房,p.128

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