ガーネット・クロウの寝物語

星座編:花人形

 パナシア。お前、星座は好きか?

 よく知らない。オーケー。じゃ、アタシの知ってるとっておき話の―――とっておきはこれで56個目? いーじゃねーか、楽しいんだから。とっておきってのもウソじゃないぞ。じゃなけりゃ、友達に話すかよ。



 地域や時代によって、星座はいろいろなものになる。同じ星にいくつも呼び方があるのは知っての通りだ。今宵の主役は、あの星。青と橙が仲良く並んでるだろ。

 『北の二つ星』『双子星』『めおと飾りの星』。いろいろと呼ばれるけど、あれを『はじまり星』『始祖星』と呼んだ種族がいる。なんだか分かるか?

 そう。花人形だ。

 今でこそ美しさの代名詞や服飾モデルで評価されている種族だが、はじめは戦闘用、工業作業用。そして、封印用がいた。

 パナシア。アンタと同じで、彼らは物族だ。知ってると思うけどな。



 むかし、花崗岩の奇岩連なる山があった。

 周りには山羊や鷹や狼の一族たち、合わせて20の村があった。種族がら睨み合うことはあっても、ほどほどに平和だった。

 ある時、外から侵略者が来て平和は終わった。山の湖に隕石が落ちたんだ。少なくない被害が出たし、湖に暮らしていた一族に関してはどこも壊滅状態だ。どの村も張り詰めていた。

 湖を干上がらせた石は、火花を散らしながら山中に聞こえる声を出した。


「手厚くもてなせ」とな。


 どの村も受け入れを渋った。

 被害が大きすぎたこともあるし、どうにも石は良いものじゃなさそうだった。若いと見るや雄にも雌にも「侍れ」と命じる。老いたものを嫌って石つぶてを降らす。毒を出して水や土を汚す。病になった者のために医者を呼んだら、石つぶてか毒かで山から追い出そうとする。森も多くの場所が枯れてしまった。

 村の代表たちは知恵を凝らして要求をかわそうとした。

 すると1月後、石は代表者を1人潰して、叫んだ。


「贄を捧げよ。さもなくば、一帯滅ぼしてくれる」


 初めの年は1人。次の年は2人。その次は4人。

 石の要求はエスカレートした。少しでも渋れば脅されるから、17に減った村は泣く泣く持ち回りで若者を捧げた。

 若者は1年ほどで戻ってくる。ただし、泣きも笑いもしない。虚ろに宙を見ているだけ。体に残った傷から、石は若者の悲鳴を楽しんでいるようだと分かった。贄になった若者の中には、力の強いものも賢いものもいた。我こそはと準備して挑みに行ったものもいた。でも、全員虚ろになって戻ってきた。

 17の村は「壊せないのなら、石が少しでも触れたり力を使った瞬間に封じる人形を作ろう」と決めた。とびきり見目をよくすれば、触らせるくらいはできるだろうとな。


 一つ、問題があった。

 人形を準備する間、囮を誰がするかだ。


 村人たちは仕方なく物心つくかどうかの幼い子を差し出した。

 「もう、若者はこの子くらいだ」と偽って。

 石は多分、少しくらい怪しんだだろう。でも最後には納得した。

 何ヶ月も何年も、幼子の悲鳴やすすり泣きを聞きながら、村人は人形を作った。


『どうか石から救ってほしい』

『どうか山を、我らを守ってほしい』

『平和がほしい』

『子どもに申し訳ない』

『森や山が元通りになりますように』


 17の村を合わせたのと同じくらい強い願いを、名もない幼子は抱えていた。村や石へ同じくらいの怒りを向けていた。作戦など、欠片も知らなかったから。

 信仰に現象が合わされば『精霊種』が生まれる。

 この時は祈りしかなかったから、生まれたのは『精霊種の雛』だ。


 悲願、怒り、恐怖、恨み、さみしさ、自由への渇望。そういう感情がぐちゃぐちゃに混じった、一頭の黒い犬。自分を流浪の旅人だと思い込んだ雛は、子どもが閉じ込められた祠の近くで発生した目を覚ました

 子どもがすすり泣く声を聞いた雛は「助けなくては」と直感して、枯れた森から走り出した。当然、子どもは怯える。


「どうしたの?」


 祠の奥で可能な限り身を縮める子どもに、黒犬は声をかけた。

 子どもは石以外に初めて他者を見た。だから警戒と戸惑いで考えをまとめることもできなかった。警戒を解きたくて黒犬は、たくさん子どもに話しかけた。


「わたしはヒナ。旅人だよ」

「さっき森で目が覚めたんだ。いつの間にか寝ちゃってたみたい」

「前は海の中にいた気がする。もしかしたら、川だったかも」


 子どもが答えようか迷っていると、石が侵入者に気がついた。

 鳥や虫が遠くで逃げ出して、枯れ木はザァザァ、パキパキ音を立てた。黒犬の上には真っ黒な影が掛かって、子どもは恐怖で丸くなった。あざだらけの背や腕で頭や腹を隠しながら、いつものように願った。


『だれかたすけて』

『いたいのはもういやだ』


 さっき言った通り、村で一番強い祈りを抱えていたのは子どもだ。そして精霊種は『信仰』が本能に直結している。

 生物が喉の渇きから逃げるためなら、泥水でも啜るように。物が持ち主に従うように。黒犬精霊の雛望み信仰を叶えるためならなんでもする。多少命を削ってでも。

 まぁつまり『助けて』と願われた黒犬は、石よりずっと強かった。

 気がつくと、焦げて穴だらけになった石が逃げていくところだった。黒犬は石を追いかけようとしたけれど『初めて守ってくれる相手に出会った』子どもの願いに引き留められた。


『ぼくのそばにいて』

『ここからにげたい』

『ぼくをまもって』


 黒犬はまず、祠の檻を壊した。子どもは一等星に似た目で、黒犬を見た。『すごい』と『たすけてくれた』と喜んだ。


『あなたはぼくのおとうさん?』

「いいえ」

『じゃあ、おかあさん?』

「いいえ」

『うーんと、じゃあおにいちゃん! まもってくれたから、おにいちゃん』

「おにいちゃん。…うん、わかったよ」

『やった。ヒナおにいちゃんだね』

「貴方のこと、なんて呼べばいい?」

『わかんない』


 黒犬は周囲を見渡して、考えた。子どもに相応しい名前を考えていたんだ。祝福された幸福な子普通に相応しい名前を、子どもが求めていたから。


「歩きながら考えようか。その怪我も治さなくっちゃ」

『おつとめのけがは、なおしちゃだめって…』

「大丈夫だよ。怒られそうになったら、わたしが説明するから」

『でも…しゅぎょうのけがをなおしたら、むらびとにたたかれるぞって…』

「その時にも、わたしが守るよ」

『でも…でも……こわいのは、いや』

「そっか。大丈夫だよ。怖いものは全部、ヒナおにいちゃんがなくしてあげるから」

『ほんとうに?』

「本当だとも」


 傷にさわらないよう、黒犬と子どもは水の湧く場所まで歩いた。黒犬は子どもを背中に乗せて歩いた。黒犬が歩く先から、森や川の毒は抜けて行った。やがて、川が見えた。

 川で子どもの傷を洗っていた時だ。

 いつの間にか川の向こう岸に女が立って、黒犬を見ていた。時代外れな格好をした女は「大図書館の調査員」を名乗ったそうだ。川岸以上には近づかないまま女は黒犬に言った。


「このままだとあなたは、滅ぼすものになってしまう。本当に守りたいのなら、視野を広げなさい」


 もちろん、この時点の二人には何が何だか分からなかった。変な奴に絡まれたくらいの認識だっただろう。さっさと体を拭いて、川を離れることにした。

歩きながら黒犬は、ちゃんとした服や布が必要だと考えた。

 村に降りて盗む考えもよぎった。

 子どもは賛成しただろう。自分を何年も囮にしてきた村だ。『盗んだり攻撃したりしてもスッとする』くらいの考えだったわけだが―――覚えてるか? 精霊種の本能について。

 そう。

 黒犬はためらった。調査員の忠告が、小骨みたいに引っかかっていたのかもしれない。本当は大通りに飛び出して吠えてやろうと思っていたのに、気がつけば村の入り口で行儀よく吠えていた。


 実はここ、話ごとに少しずつ違ってるんだ。

 後の方でもうちっと詳しく話すが、この話は終わり方が3つある。短縮版も含めると4つ。行儀よく吠えたのは、内2つ。後の一つはためらいながらも、迷いを振り切って村で物を盗む。


 さて、行儀良い方の話に戻るぞ。

 戸惑いながらも犬が吠えた時、村はずれの工房から男が顔を出した。日に当たるだけで痛みを感じそうなほど白い肌で、大きすぎる着物の下にぼこぼこ骨の浮いた若い男だった。

 彼は客人にひどく驚いた様子だったけれど、すぐに二人を家に入れたそうだ。


「酷い怪我をしているじゃないか。手当しないと」


 と言ってね。

 男の家は暗くて少し傾いていた。表にも裏にも太い水路が走っていて、家全体に活気がなかった。男は玄関から居間に歩くだけでも、けほけほ何度も咳をした。


「丁度昼食が届いたところだから、君たちも、食べていくといい」


 青白い顔で笑って、男は治療箱を持ってこようとした。あまりによたよた歩くから、見かねた黒犬が助けると男は苦笑した。


「ありがとう。今日は特別調子がよくて、ついつい、無理をしてしまった」

「貴方に利はないだろう」

「見過ごせないだけだよ。……ここには、厄介の種がある。解決の方法を、探したけれど、あと一歩届かないんだ」


 パシャンと、庭の方で水が跳ねた。


「ヨソサマに頼るのは関心しないなぁ。巻き込んじゃうじゃん」


 見れば鈍色の肌の人魚が、縁側に腕だけ乗り上げていた。細かな鱗は薄い日光を返していた。


「青海波、ヨソサマに言いつけて何になるって言うのさ。お医者サマも旅人サンも、まとめて追い払われるのが関の山だよぉ」

「それでもさ。お客人に伝えることで、外の一族が、気を付けてくれるかもしれない、だろう?」

「諦めてるの?」


 青海波は黙って食事のついた桶を引き上げると、黒犬と子どもの前にも自分の分を分けて並べた。桶にはもう一つ食事が入っていたけれど、青海波は家の奥に二つある部屋の内、一つに持って行った。


「で、オマエたちドチラサマ?」

「わたしはヒナ。旅人です」


 子どもは食事を見ても、口を噤んで俯くばかりだった。震える手を見て、ヒナは静かに弁明した。


「祠に閉じ込められていたのを、わたしが助けた。文句があるならわたしが聞きます」

「やっぱりねぇ。あっ、アタシ、ギンって言うんだ。偽名だけどねぇ」


 怯えて隠れようとする子どもに「言いつけやしないよぉ」とギンは笑った。手をひらひら振って「その子に名前はないんだねぇ。なら助けたオマエが、責任もってつけるといい」とも、黒犬に笑った。

 どこか、軽薄に見える笑い方だった。


「ヒントくらい、あった方がいい、だろう」


 奥の部屋から戻ってきた青海波の手には、ほとんど手のつけられていない食事があった。「今日もか」と頬を膨らませるギンに、青海波は薄く笑うばかりだった。


「名前をつけるなら、縁起がいいのか願いを込めるのが、一般的だ。例えば、俺の名前『青海波』は図柄の名前だ。ずっと幸せが続くように、平安な暮らしが続くように、という願いを込められた名前」

「名づけられた方が気に入るかは別問題だけどねぇ」


 ぼやくようなギンの言葉に青海波は肩をすくめた。話を打ち切られるような気がして、黒犬は慌てた。


「子どもの幸せを願う柄は、ほかに何かありますか?」


 青海波とギンは驚いた様子だった。「懐かれたねぇ」とギンがからかう隣で、青海波はとても静かに考え込んでいた。骨の浮いた背筋を伸ばして、大きな着物のせいで余計細く見える手首を顎に添えて。

 彼の言葉は、ぽつぽつ落ちる雨だれじみていた。話しながら何度でも息継ぎをしたからその度に、肺がヒューヒュー音を立てた。それでも七宝や松竹梅、ほかにもいろいろな吉祥文様を青海波は、意味も一緒に教えた。黒犬はどうやら麻の葉文様がピンときたみたいだった。子どもも気に入ったようだった。それで子どもは『アサノハ』になった。

 二人のやり取りを微笑まし気に見ていた青海波だったけど、子どもに元気が戻ってきたのを見やると、ゆっくり口を開いた。


「さぁ、傷を治して早く逃げるといい。村も山も、望みは絶たれた」

「ちぇっ。まーた後ろ向き」


 二人の会話を聞いていた子どもは、小さく首を傾げた。…ああ。子どもは、話せなかったんだ。黒犬が意図を汲めたのは、子どもが『ヒナの一部を構成する願い』だからだ。

 黒犬は通訳をすることにした。


「何か、解決法を探しているの?」

「もちろん。まあ、せっかくだ。見ていくと良い」


 食事と治療を済ませた二人を、青海波は奥の部屋に案内してくれた。さっき青海波が入った方からは薄い呼吸音が、もう一方からは鉄や、石や、木くずのにおいがした。

 青海波は木くずのにおいがする部屋を開いた。


 部屋の奥には見事に整った目鼻立ちの人形があった。花や、木や、石や、鉄。ほかのいろいろな材料を試して作られた『封印のための人形』がな。

 黒犬は大層驚いた。自分が何者なのかを自覚した思い出したんだ。

 黒犬は、本来『人形に込められる祈り』だった。人形を完成させる、強い念。奇跡や執念と言い換えてもいい。


『解放されたい』悲願

『救われたい』恐怖

『守ってほしい』祈り


 精霊の卵自分を生み出すほど積もり積もった信仰。……でも、それを上回るくらいの怒り、絶望、恨み、さみしさ。そういうものも黒犬の中にあった。

 そうだ、アサノハだ。

 アサノハになれた、名前もなかった子どもは訳も分からないまま囮にされた。人生のほとんどが石に振るわれる暴力だったから、世界全てへ怖れと怒りを叫んでいた。

村が救われることを、子どもは許せなかったんだ。

 だから黒犬は中途半端な精霊種として生まれ、『封印の人形』は完成しなかった。


「君たちは、あれを何とかするために、村のものに利用されてきた。これからも、利用されるのだろう。今なら、きっと逃げられる」

「……わたしが、人形になれば」

「アサノハを一人にするつもりかい? 君が助けたのなら、最後まで、責任を持つべきだ」

「貴方たちは? アサノハだけを助けるのなら、貴方たちが破滅するならばそれは……いつになれば、アサノハは解放されるんだ」

「そんなのこっちが教えてほしいよぉ。アタシの家族は今も、あの石の下で潰れたまんまだ。青海波のアニキは壊れたままだし、青海波の病もずっとよくなってない」

「ギン。お客人に不幸話を広めるな」



 うん? 最後はどうなったのかって?

 パナシアはどれが聞きたい? 星座の話だからな。幸せなのも不幸せなのもいろいろだ。丁度、ここが分水嶺。話し合いの転び方で話は分かれる。


 全部聞きたい?

 分かった。じゃあ、まずは悲劇から。



 どうすればいいのか分からなくなった黒犬は、その場から逃げ出した。自分が消えるのもアサノハが『奪った命』に縛られる未来も望まなかった。

 黒犬は石を壊そうとした。

 自分の攻撃で弱っていた石を、どうにか壊せば丸く収まるんじゃないかってな。

 黒犬は三日三晩走り続けて、石を見つけた。石は沈黙していた。眠っていると思い込んだ黒犬は全身全霊で石を壊した。同時に、体に風穴が空いた。


「馬鹿め」


 月明かりを受けて笑っているのはアサノハだった。

 三日前。飛び出した黒犬を追いかけて、アサノハも村を出ていた。不運なことに、丁度石がやってきて村人の計画を知ったんだ。村も人形も壊された。石はアサノハに取り付いて、黒犬を殺そうとした。


「もうコイツにとりついた。そっちは用済みだ!」


 笑うアサノハの体を見て『ああ、間違えた』って黒犬は直感した。どうあがいてももう、アサノハは『幸せな人生』をおくれないと思った。だから祈った。


『たすけてください』

『もしも、まちがえたわたしでも、いきものではないわたしでも願いをきいてもらえるのなら』

『アサノハを、たすけて。かみさま』


 祈った時、黒犬は直感を得た。

 自分を殺そうとしているアサノハを抱きしめて、自分が『封じの人形』になることを選んだんだ。


「せめて、あなたのなかのわるいものを、みんなもっていくよ。ちゃんと、まもれなくてごめんね。あなたに、さいわいな人生を、いきものとしての普通の人生を、送ってほしかった」


 黒犬は意識を失った。自身に石を封印したせいで、魔犬になってしまい、石の力を誰彼構わず振るう歩く災害になってしまった。ただし、山一帯にだけは決して近づこうとしなかった。


 ネズミの国の「魔犬グリースの伝承」と合体したんじゃないかって説が主流だ。アレは外からやってきた玉虫色の犬が暴れまわっているのを「アサノハ」を名乗る旅人が退治しに来る話だから―――。うん。子どもと同じ名前なんだ。


 旅人と魔犬の決闘は七日続いた。

 アサノハも魔犬も致命傷を負って、埋葬されることになる。この時、旅人の冥福を祈って美しいガラス細工の人形が墓に入れられた。

 以来、花人形には心が宿る……と続く。これが悲劇バージョンだ。


 *


 次。ビターエンド。

 少年は助かるし、村人は良心的。ただし黒犬は助からな―――いや、助かったか微妙ってとこだ。


 こっちの話型では、黒犬は村を飛び出さないし魔犬にもならない。迷っている内に石が来ちまったんだ。村を守りながらの戦いは厳しくて、黒犬は最後の手段として“一時的に”自分の中へ石の意識だけを封じ込める。

 ざっくりいえば、時間稼ぎだ。

 石は押さえておくから、どうにか人形を自分抜きで完成させてくれってな。

 村人は青海波とギンを中心に、死に物狂いで人形を完成させた。皮肉なことに、空っぽになった石の破片を祠近くの川の水で灌いだら、上手いこと働くようになったそうだ。


 黒犬は五年辛抱した。

 その間に、約束通り人形は完成した。

 完成した人形と「アサノハ」をはじめとする実働隊。狙撃や支援役の後方隊。加えて、実働隊を守るために老人たちが前線に立った。……まあ、野生本能が強い時代の話だ。石が老人を嫌ってたことも大いにある。「石が嫌悪で我らを狙うならよし」「何か我らに奴を退けられるものが備わっているのなら、それもまた、よし」ってな。

 戦いは一日で収まった。

 老人たちは大勢犠牲になったけど、若者は皆無事だった。石の封印にも成功した。石を封じた人形は、祠に厳重に閉じ込めた。

 ……だけど、精霊種の本性に逆らった違反した黒犬は消えてしまう。


 村人はずっと自分たちを守ってくれた「ヒナ」と「アサノハ」。それに亡くなった者たちを悼んで、そして『自分たちを守ってくれ』という祈りをもう一度込めて、祠の周りに村を作った。

 人形だけの村だ。

 亡くなった者を模した人形、黒犬を模した人形。本人たっての願いで、幼い「アサノハ」の人形も「ヒナ」のすぐ隣に作られた。

 村人たちはみんな、毎日祈りをささげた。「ヒナ」の再誕を願って。


 アサノハは人形職人になった。

 結婚して村で一番の金持ちにもなった。「ヒナに戻ってきてほしい」と一番祈っていたのは、やっぱりアサノハだった。叶ったのは、アサノハが亡くなる日の朝だった。

 人形の「ヒナ」が動いて、迎えに来たんだ。

 ヒナ黒犬とアサノハはたくさんのことを話した。感謝だとか、人生だとかいろいろ、な。「アサノハ」は子どもや友人に別れを告げた。次の日、アサノハは息を引き取った。人形も、動かなくなった。


 それ以来、強い祈りを込めた人形は命を持つようになる。これが「花人形」のはじまりだ……と、話が終わる。これがビターエンドだ。



 最後、幸福な終わり方。

 「イヌダシオン伝説」とか大図書館の話に引っ張られての創作って見方も多い。ただし一応、一番古い伝承だ。


 自分自身でもある人形と対峙した黒犬は『どちらも選ぶべきではない』と決める。


「あと少しだけ、人形を完成に近づけてください。わたしは石と戦って時間を稼ぎます」


 そう一宿一飯の礼を言って、黒犬は村を出る。

 村の外には丁度、アサノハと黒犬を探していた石がいた。村から少し離れた窪地でお互いかなり激しく戦った。けれど村を狙った一撃を庇って、やっぱり黒犬は致命傷を負うんだ。


 ……負けてばかりじゃないかって?

 そりゃそうだろ。黒犬は『村を救ってくれ』『自分たちを守ってくれ』という願いのほかに『ぼくを救ってくれ』『村をゆるさないでくれ』ってアサノハの願いも叶えなくちゃいけなかったんだ。あちらを立てればこちらが立たぬ、だよ。


 話を戻すぞ。

 致命傷を負った黒犬を、アサノハは見ていた。自分たちを庇って死にそうになる『はじめて自分を助けてくれた相手』を見た。その時アサノハは心から『ヒナおにいちゃん』が救われることを望んだ。怒りを一瞬だけ忘れたんだ。


 すると、空から二人の人形が下りてきた。

 人形の手を引いているのは、川で黒犬たちに警告を与えた大図書館の調査員。


「デウスエクスマキナは好きではないけれど、これも仕事だ」


 調査員は、どこかの黒犬とアサノハを連れてきた。

 『ヒナ』の人形は村を守り、『アサノハ』の人形はその場に残った。石から黒犬を助けて、アサノハに治療をするように、とな。もちろん石は怒ったさ。もう少しで勝負がついたのにって。

 当たり前だけど、調査員も人形も黙殺した。


「名も無き君。幼子のヒーローになろうとした君。少しだけ、力を貸そう。君の使命を全うしなさい。君を形作る祈りを、思い出しなさい」

「―――村を守ります。アサノハを、そばで守ります」


 『村を許さないでくれ』って祈りが消え、黒犬は十全に力を振るえるようになった。村の衆の祈りと、アサノハの祈りが一致したことで『ヒナ』から精霊種へと孵った黒犬は見事石を打ち倒し、人形に石を封じ込めた。

 あとは予測通りだ。

 アサノハは、青海波の家で暮らす。石がなくなって、ギンは同族の弔いをちゃんと行えた。 黒犬が歩く端から、森も川も清められていくから村の生活もよくなった。心を壊されちまった贄たちも、封じの人形で石の影響を取り除けば元の通り、自分で考えて動けるようになった。

 湖の跡地には封じの人形と一緒に、黒犬を祀る社ができた。黒犬はたまにそこから出て、アサノハの家に遊びに行った。


 以来、村では健康や豊作、厄除を願って『封じの人形』を作る風習ができた。時代が下り、込められた願いに応じた人格が人形に宿るようになった。花のように美しい、華でできた祈りの人形。彼らは『花人形』と今では呼ばれている。



 これが、あの青と橙の星にまつわる話、『花人形』の始祖の伝説だ。

 さて、そろそろ寝るぞ。明日も多分早いんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る