ガーネット・クロウの寝物語
星座編:花人形
パナシア。お前、星座は好きか?
よく知らない。オーケー。じゃ、アタシの知ってるとっておき話の―――とっておきはこれで56個目? いーじゃねーか、楽しいんだから。とっておきってのもウソじゃないぞ。じゃなけりゃ、友達に話すかよ。
*
地域や時代によって、星座はいろいろなものになる。同じ星にいくつも呼び方があるのは知っての通りだ。今宵の主役は、あの星。青と橙が仲良く並んでるだろ。
『北の二つ星』『双子星』『めおと飾りの星』。いろいろと呼ばれるけど、あれを『はじまり星』『始祖星』と呼んだ種族がいる。なんだか分かるか?
そう。花人形だ。
今でこそ美しさの代名詞や服飾モデルで評価されている種族だが、はじめは戦闘用、工業作業用。そして、封印用がいた。
パナシア。アンタと同じで、彼らは物族だ。知ってると思うけどな。
*
むかし、花崗岩の奇岩連なる山があった。
周りには山羊や鷹や狼の一族たち、合わせて20の村があった。種族がら睨み合うことはあっても、ほどほどに平和だった。
ある時、外から侵略者が来て平和は終わった。山の湖に隕石が落ちたんだ。少なくない被害が出たし、湖に暮らしていた一族に関してはどこも壊滅状態だ。どの村も張り詰めていた。
湖を干上がらせた石は、火花を散らしながら山中に聞こえる声を出した。
「手厚くもてなせ」とな。
どの村も受け入れを渋った。
被害が大きすぎたこともあるし、どうにも石は良いものじゃなさそうだった。若いと見るや雄にも雌にも「侍れ」と命じる。老いたものを嫌って石つぶてを降らす。毒を出して水や土を汚す。病になった者のために医者を呼んだら、石つぶてか毒かで山から追い出そうとする。森も多くの場所が枯れてしまった。
村の代表たちは知恵を凝らして要求をかわそうとした。
すると1月後、石は代表者を1人潰して、叫んだ。
「贄を捧げよ。さもなくば、一帯滅ぼしてくれる」
初めの年は1人。次の年は2人。その次は4人。
石の要求はエスカレートした。少しでも渋れば脅されるから、17に減った村は泣く泣く持ち回りで若者を捧げた。
若者は1年ほどで戻ってくる。ただし、泣きも笑いもしない。虚ろに宙を見ているだけ。体に残った傷から、石は若者の悲鳴を楽しんでいるようだと分かった。贄になった若者の中には、力の強いものも賢いものもいた。我こそはと準備して挑みに行ったものもいた。でも、全員虚ろになって戻ってきた。
17の村は「壊せないのなら、石が少しでも触れたり力を使った瞬間に封じる人形を作ろう」と決めた。とびきり見目をよくすれば、触らせるくらいはできるだろうとな。
一つ、問題があった。
人形を準備する間、囮を誰がするかだ。
村人たちは仕方なく物心つくかどうかの幼い子を差し出した。
「もう、若者はこの子くらいだ」と偽って。
石は多分、少しくらい怪しんだだろう。でも最後には納得した。
何ヶ月も何年も、幼子の悲鳴やすすり泣きを聞きながら、村人は人形を作った。
『どうか石から救ってほしい』
『どうか山を、我らを守ってほしい』
『平和がほしい』
『子どもに申し訳ない』
『森や山が元通りになりますように』
17の村を合わせたのと同じくらい強い願いを、名もない幼子は抱えていた。村や石へ同じくらいの怒りを向けていた。作戦など、欠片も知らなかったから。
信仰に現象が合わされば『精霊種』が生まれる。
この時は祈りしかなかったから、生まれたのは『精霊種の雛』だ。
悲願、怒り、恐怖、恨み、さみしさ、自由への渇望。そういう感情がぐちゃぐちゃに混じった、一頭の黒い犬。自分を流浪の旅人だと思い込んだ雛は、子どもが閉じ込められた祠の近くで
子どもがすすり泣く声を聞いた雛は「助けなくては」と直感して、枯れた森から走り出した。当然、子どもは怯える。
「どうしたの?」
祠の奥で可能な限り身を縮める子どもに、黒犬は声をかけた。
子どもは石以外に初めて他者を見た。だから警戒と戸惑いで考えをまとめることもできなかった。警戒を解きたくて黒犬は、たくさん子どもに話しかけた。
「わたしはヒナ。旅人だよ」
「さっき森で目が覚めたんだ。いつの間にか寝ちゃってたみたい」
「前は海の中にいた気がする。もしかしたら、川だったかも」
子どもが答えようか迷っていると、石が侵入者に気がついた。
鳥や虫が遠くで逃げ出して、枯れ木はザァザァ、パキパキ音を立てた。黒犬の上には真っ黒な影が掛かって、子どもは恐怖で丸くなった。あざだらけの背や腕で頭や腹を隠しながら、いつものように願った。
『だれかたすけて』
『いたいのはもういやだ』
さっき言った通り、村で一番強い祈りを抱えていたのは子どもだ。そして精霊種は『信仰』が本能に直結している。
生物が喉の渇きから逃げるためなら、泥水でも啜るように。物が持ち主に従うように。
まぁつまり『助けて』と願われた黒犬は、石よりずっと強かった。
気がつくと、焦げて穴だらけになった石が逃げていくところだった。黒犬は石を追いかけようとしたけれど『初めて守ってくれる相手に出会った』子どもの願いに引き留められた。
『ぼくのそばにいて』
『ここからにげたい』
『ぼくをまもって』
黒犬はまず、祠の檻を壊した。子どもは一等星に似た目で、黒犬を見た。『すごい』と『たすけてくれた』と喜んだ。
『あなたはぼくのおとうさん?』
「いいえ」
『じゃあ、おかあさん?』
「いいえ」
『うーんと、じゃあおにいちゃん! まもってくれたから、おにいちゃん』
「おにいちゃん。…うん、わかったよ」
『やった。ヒナおにいちゃんだね』
「貴方のこと、なんて呼べばいい?」
『わかんない』
黒犬は周囲を見渡して、考えた。子どもに相応しい名前を考えていたんだ。祝福された
「歩きながら考えようか。その怪我も治さなくっちゃ」
『おつとめのけがは、なおしちゃだめって…』
「大丈夫だよ。怒られそうになったら、わたしが説明するから」
『でも…しゅぎょうのけがをなおしたら、むらびとにたたかれるぞって…』
「その時にも、わたしが守るよ」
『でも…でも……こわいのは、いや』
「そっか。大丈夫だよ。怖いものは全部、ヒナおにいちゃんがなくしてあげるから」
『ほんとうに?』
「本当だとも」
傷にさわらないよう、黒犬と子どもは水の湧く場所まで歩いた。黒犬は子どもを背中に乗せて歩いた。黒犬が歩く先から、森や川の毒は抜けて行った。やがて、川が見えた。
川で子どもの傷を洗っていた時だ。
いつの間にか川の向こう岸に女が立って、黒犬を見ていた。時代外れな格好をした女は「大図書館の調査員」を名乗ったそうだ。川岸以上には近づかないまま女は黒犬に言った。
「このままだとあなたは、滅ぼすものになってしまう。本当に守りたいのなら、視野を広げなさい」
もちろん、この時点の二人には何が何だか分からなかった。変な奴に絡まれたくらいの認識だっただろう。さっさと体を拭いて、川を離れることにした。
歩きながら黒犬は、ちゃんとした服や布が必要だと考えた。
村に降りて盗む考えもよぎった。
子どもは賛成しただろう。自分を何年も囮にしてきた村だ。『盗んだり攻撃したりしてもスッとする』くらいの考えだったわけだが―――覚えてるか? 精霊種の本能について。
そう。
黒犬はためらった。調査員の忠告が、小骨みたいに引っかかっていたのかもしれない。本当は大通りに飛び出して吠えてやろうと思っていたのに、気がつけば村の入り口で行儀よく吠えていた。
実はここ、話ごとに少しずつ違ってるんだ。
後の方でもうちっと詳しく話すが、この話は終わり方が3つある。短縮版も含めると4つ。行儀よく吠えたのは、内2つ。後の一つはためらいながらも、迷いを振り切って村で物を盗む。
さて、行儀良い方の話に戻るぞ。
戸惑いながらも犬が吠えた時、村はずれの工房から男が顔を出した。日に当たるだけで痛みを感じそうなほど白い肌で、大きすぎる着物の下にぼこぼこ骨の浮いた若い男だった。
彼は客人にひどく驚いた様子だったけれど、すぐに二人を家に入れたそうだ。
「酷い怪我をしているじゃないか。手当しないと」
と言ってね。
男の家は暗くて少し傾いていた。表にも裏にも太い水路が走っていて、家全体に活気がなかった。男は玄関から居間に歩くだけでも、けほけほ何度も咳をした。
「丁度昼食が届いたところだから、君たちも、食べていくといい」
青白い顔で笑って、男は治療箱を持ってこようとした。あまりによたよた歩くから、見かねた黒犬が助けると男は苦笑した。
「ありがとう。今日は特別調子がよくて、ついつい、無理をしてしまった」
「貴方に利はないだろう」
「見過ごせないだけだよ。……ここには、厄介の種がある。解決の方法を、探したけれど、あと一歩届かないんだ」
パシャンと、庭の方で水が跳ねた。
「ヨソサマに頼るのは関心しないなぁ。巻き込んじゃうじゃん」
見れば鈍色の肌の人魚が、縁側に腕だけ乗り上げていた。細かな鱗は薄い日光を返していた。
「青海波、ヨソサマに言いつけて何になるって言うのさ。お医者サマも旅人サンも、まとめて追い払われるのが関の山だよぉ」
「それでもさ。お客人に伝えることで、外の一族が、気を付けてくれるかもしれない、だろう?」
「諦めてるの?」
青海波は黙って食事のついた桶を引き上げると、黒犬と子どもの前にも自分の分を分けて並べた。桶にはもう一つ食事が入っていたけれど、青海波は家の奥に二つある部屋の内、一つに持って行った。
「で、オマエたちドチラサマ?」
「わたしはヒナ。旅人です」
子どもは食事を見ても、口を噤んで俯くばかりだった。震える手を見て、ヒナは静かに弁明した。
「祠に閉じ込められていたのを、わたしが助けた。文句があるならわたしが聞きます」
「やっぱりねぇ。あっ、アタシ、ギンって言うんだ。偽名だけどねぇ」
怯えて隠れようとする子どもに「言いつけやしないよぉ」とギンは笑った。手をひらひら振って「その子に名前はないんだねぇ。なら助けたオマエが、責任もってつけるといい」とも、黒犬に笑った。
どこか、軽薄に見える笑い方だった。
「ヒントくらい、あった方がいい、だろう」
奥の部屋から戻ってきた青海波の手には、ほとんど手のつけられていない食事があった。「今日もか」と頬を膨らませるギンに、青海波は薄く笑うばかりだった。
「名前をつけるなら、縁起がいいのか願いを込めるのが、一般的だ。例えば、俺の名前『青海波』は図柄の名前だ。ずっと幸せが続くように、平安な暮らしが続くように、という願いを込められた名前」
「名づけられた方が気に入るかは別問題だけどねぇ」
ぼやくようなギンの言葉に青海波は肩をすくめた。話を打ち切られるような気がして、黒犬は慌てた。
「子どもの幸せを願う柄は、ほかに何かありますか?」
青海波とギンは驚いた様子だった。「懐かれたねぇ」とギンがからかう隣で、青海波はとても静かに考え込んでいた。骨の浮いた背筋を伸ばして、大きな着物のせいで余計細く見える手首を顎に添えて。
彼の言葉は、ぽつぽつ落ちる雨だれじみていた。話しながら何度でも息継ぎをしたからその度に、肺がヒューヒュー音を立てた。それでも七宝や松竹梅、ほかにもいろいろな吉祥文様を青海波は、意味も一緒に教えた。黒犬はどうやら麻の葉文様がピンときたみたいだった。子どもも気に入ったようだった。それで子どもは『アサノハ』になった。
二人のやり取りを微笑まし気に見ていた青海波だったけど、子どもに元気が戻ってきたのを見やると、ゆっくり口を開いた。
「さぁ、傷を治して早く逃げるといい。村も山も、望みは絶たれた」
「ちぇっ。まーた後ろ向き」
二人の会話を聞いていた子どもは、小さく首を傾げた。…ああ。子どもは、話せなかったんだ。黒犬が意図を汲めたのは、子どもが『ヒナの一部を構成する願い』だからだ。
黒犬は通訳をすることにした。
「何か、解決法を探しているの?」
「もちろん。まあ、せっかくだ。見ていくと良い」
食事と治療を済ませた二人を、青海波は奥の部屋に案内してくれた。さっき青海波が入った方からは薄い呼吸音が、もう一方からは鉄や、石や、木くずのにおいがした。
青海波は木くずのにおいがする部屋を開いた。
部屋の奥には見事に整った目鼻立ちの人形があった。花や、木や、石や、鉄。ほかのいろいろな材料を試して作られた『封印のための人形』がな。
黒犬は大層驚いた。自分が何者なのかを
黒犬は、本来『人形に込められる祈り』だった。人形を完成させる、強い念。奇跡や執念と言い換えてもいい。
そうだ、アサノハだ。
アサノハになれた、名前もなかった子どもは訳も分からないまま囮にされた。人生のほとんどが石に振るわれる暴力だったから、世界全てへ怖れと怒りを叫んでいた。
村が救われることを、子どもは許せなかったんだ。
だから黒犬は中途半端な精霊種として生まれ、『封印の人形』は完成しなかった。
「君たちは、あれを何とかするために、村のものに利用されてきた。これからも、利用されるのだろう。今なら、きっと逃げられる」
「……わたしが、人形になれば」
「アサノハを一人にするつもりかい? 君が助けたのなら、最後まで、責任を持つべきだ」
「貴方たちは? アサノハだけを助けるのなら、貴方たちが破滅するならばそれは……いつになれば、アサノハは解放されるんだ」
「そんなのこっちが教えてほしいよぉ。アタシの家族は今も、あの石の下で潰れたまんまだ。青海波のアニキは壊れたままだし、青海波の病もずっとよくなってない」
「ギン。お客人に不幸話を広めるな」
*
うん? 最後はどうなったのかって?
パナシアはどれが聞きたい? 星座の話だからな。幸せなのも不幸せなのもいろいろだ。丁度、ここが分水嶺。話し合いの転び方で話は分かれる。
全部聞きたい?
分かった。じゃあ、まずは悲劇から。
*
どうすればいいのか分からなくなった黒犬は、その場から逃げ出した。自分が消えるのもアサノハが『奪った命』に縛られる未来も望まなかった。
黒犬は石を壊そうとした。
自分の攻撃で弱っていた石を、どうにか壊せば丸く収まるんじゃないかってな。
黒犬は三日三晩走り続けて、石を見つけた。石は沈黙していた。眠っていると思い込んだ黒犬は全身全霊で石を壊した。同時に、体に風穴が空いた。
「馬鹿め」
月明かりを受けて笑っているのはアサノハだった。
三日前。飛び出した黒犬を追いかけて、アサノハも村を出ていた。不運なことに、丁度石がやってきて村人の計画を知ったんだ。村も人形も壊された。石はアサノハに取り付いて、黒犬を殺そうとした。
「もうコイツにとりついた。そっちは用済みだ!」
笑うアサノハの体を見て『ああ、間違えた』って黒犬は直感した。どうあがいてももう、アサノハは『幸せな人生』をおくれないと思った。だから祈った。
『たすけてください』
『もしも、まちがえたわたしでも、いきものではないわたしでも願いをきいてもらえるのなら』
『アサノハを、たすけて。かみさま』
祈った時、黒犬は直感を得た。
自分を殺そうとしているアサノハを抱きしめて、自分が『封じの人形』になることを選んだんだ。
「せめて、あなたのなかのわるいものを、みんなもっていくよ。ちゃんと、まもれなくてごめんね。あなたに、さいわいな人生を、いきものとしての普通の人生を、送ってほしかった」
黒犬は意識を失った。自身に石を封印したせいで、魔犬になってしまい、石の力を誰彼構わず振るう歩く災害になってしまった。ただし、山一帯にだけは決して近づこうとしなかった。
ネズミの国の「魔犬グリースの伝承」と合体したんじゃないかって説が主流だ。アレは外からやってきた玉虫色の犬が暴れまわっているのを「アサノハ」を名乗る旅人が退治しに来る話だから―――。うん。子どもと同じ名前なんだ。
旅人と魔犬の決闘は七日続いた。
アサノハも魔犬も致命傷を負って、埋葬されることになる。この時、旅人の冥福を祈って美しいガラス細工の人形が墓に入れられた。
以来、花人形には心が宿る……と続く。これが悲劇バージョンだ。
*
次。ビターエンド。
少年は助かるし、村人は良心的。ただし黒犬は助からな―――いや、助かったか微妙ってとこだ。
こっちの話型では、黒犬は村を飛び出さないし魔犬にもならない。迷っている内に石が来ちまったんだ。村を守りながらの戦いは厳しくて、黒犬は最後の手段として“一時的に”自分の中へ石の意識だけを封じ込める。
ざっくりいえば、時間稼ぎだ。
石は押さえておくから、どうにか人形を自分抜きで完成させてくれってな。
村人は青海波とギンを中心に、死に物狂いで人形を完成させた。皮肉なことに、空っぽになった石の破片を祠近くの川の水で灌いだら、上手いこと働くようになったそうだ。
黒犬は五年辛抱した。
その間に、約束通り人形は完成した。
完成した人形と「アサノハ」をはじめとする実働隊。狙撃や支援役の後方隊。加えて、実働隊を守るために老人たちが前線に立った。……まあ、野生本能が強い時代の話だ。石が老人を嫌ってたことも大いにある。「石が嫌悪で我らを狙うならよし」「何か我らに奴を退けられるものが備わっているのなら、それもまた、よし」ってな。
戦いは一日で収まった。
老人たちは大勢犠牲になったけど、若者は皆無事だった。石の封印にも成功した。石を封じた人形は、祠に厳重に閉じ込めた。
……だけど、精霊種の本性に
村人はずっと自分たちを守ってくれた「ヒナ」と「アサノハ」。それに亡くなった者たちを悼んで、そして『自分たちを守ってくれ』という祈りをもう一度込めて、祠の周りに村を作った。
人形だけの村だ。
亡くなった者を模した人形、黒犬を模した人形。本人たっての願いで、幼い「アサノハ」の人形も「ヒナ」のすぐ隣に作られた。
村人たちはみんな、毎日祈りをささげた。「ヒナ」の再誕を願って。
アサノハは人形職人になった。
結婚して村で一番の金持ちにもなった。「ヒナに戻ってきてほしい」と一番祈っていたのは、やっぱりアサノハだった。叶ったのは、アサノハが亡くなる日の朝だった。
人形の「ヒナ」が動いて、迎えに来たんだ。
それ以来、強い祈りを込めた人形は命を持つようになる。これが「花人形」のはじまりだ……と、話が終わる。これがビターエンドだ。
*
最後、幸福な終わり方。
「イヌダシオン伝説」とか大図書館の話に引っ張られての創作って見方も多い。ただし一応、一番古い伝承だ。
自分自身でもある人形と対峙した黒犬は『どちらも選ぶべきではない』と決める。
「あと少しだけ、人形を完成に近づけてください。わたしは石と戦って時間を稼ぎます」
そう一宿一飯の礼を言って、黒犬は村を出る。
村の外には丁度、アサノハと黒犬を探していた石がいた。村から少し離れた窪地でお互いかなり激しく戦った。けれど村を狙った一撃を庇って、やっぱり黒犬は致命傷を負うんだ。
……負けてばかりじゃないかって?
そりゃそうだろ。黒犬は『村を救ってくれ』『自分たちを守ってくれ』という願いのほかに『ぼくを救ってくれ』『村をゆるさないでくれ』ってアサノハの願いも叶えなくちゃいけなかったんだ。あちらを立てればこちらが立たぬ、だよ。
話を戻すぞ。
致命傷を負った黒犬を、アサノハは見ていた。自分たちを庇って死にそうになる『はじめて自分を助けてくれた相手』を見た。その時アサノハは心から『ヒナおにいちゃん』が救われることを望んだ。怒りを一瞬だけ忘れたんだ。
すると、空から二人の人形が下りてきた。
人形の手を引いているのは、川で黒犬たちに警告を与えた大図書館の調査員。
「デウスエクスマキナは好きではないけれど、これも仕事だ」
調査員は、どこかの黒犬とアサノハを連れてきた。
『ヒナ』の人形は村を守り、『アサノハ』の人形はその場に残った。石から黒犬を助けて、アサノハに治療をするように、とな。もちろん石は怒ったさ。もう少しで勝負がついたのにって。
当たり前だけど、調査員も人形も黙殺した。
「名も無き君。幼子のヒーローになろうとした君。少しだけ、力を貸そう。君の使命を全うしなさい。君を形作る祈りを、思い出しなさい」
「―――村を守ります。アサノハを、そばで守ります」
『村を許さないでくれ』って祈りが消え、黒犬は十全に力を振るえるようになった。村の衆の祈りと、アサノハの祈りが一致したことで『ヒナ』から精霊種へと孵った黒犬は見事石を打ち倒し、人形に石を封じ込めた。
あとは予測通りだ。
アサノハは、青海波の家で暮らす。石がなくなって、ギンは同族の弔いをちゃんと行えた。 黒犬が歩く端から、森も川も清められていくから村の生活もよくなった。心を壊されちまった贄たちも、封じの人形で石の影響を取り除けば元の通り、自分で考えて動けるようになった。
湖の跡地には封じの人形と一緒に、黒犬を祀る社ができた。黒犬はたまにそこから出て、アサノハの家に遊びに行った。
以来、村では健康や豊作、厄除を願って『封じの人形』を作る風習ができた。時代が下り、込められた願いに応じた人格が人形に宿るようになった。花のように美しい、華でできた祈りの人形。彼らは『花人形』と今では呼ばれている。
*
これが、あの青と橙の星にまつわる話、『花人形』の始祖の伝説だ。
さて、そろそろ寝るぞ。明日も多分早いんだから。
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