傾国 ナーシサス・アーヴァティン 概要
恋女神と愛女神は仲が悪い
恋女神の燃える熱情を愛女神は疎んじた。
愛女神の穏やかなぬくもりを、恋女神は疎んじた。
恋女神が友愛から、親愛から、兄弟愛から、家族愛から、恋で相手を奪うことを愛女神は嫌がった。
結び実って成長した恋を、愛が摘み取ることを恋女神は許せなかった。
彼らは同時期に、同じ男神を好きになる。
「ナルキサス」と呼ばれる、美を司る男神。愛と恋とを一身に溶かした髪色も、華やかな色味に知性を乗せた瞳の色も、滑らかに滑る肌の一撫でですら風を落とすほど美しかった。
恋女神はありとあらゆる贈り物を用意した。
ありとあらゆる心配りと、ありとあらゆる喜怒哀楽を美神と共に過ごさんと願った。宝石と化粧を刷いて、己の持ちうる武器を磨き上げた。
愛女神はただ美神に寄り添った。
母のように、姉のように、妹のように、友のように、美神の傍にあって付かず離れずあり続けた。健康な食事と暖かな寝床、自然豊かな安らぎの園を美神のために用意した。
美神は愛女神の手を取った。
館は燃えて、美男は焼けた。
悲しんだ愛女神は彼に似せた人形を作り、地上に降ろした。「ナーシサス」となづけられた花人形は、愛女神の加護を受け、誰もが愛さずにはいられない美しい男児となった。
しかし、結ばれなかった恋女神の嫉妬はやがて彼をも焼き尽くす。
ナーシサスはグロリアと呼ばれる女に恋をした。
しかし、グロリアはナーシサスを疎んじた。
ナーシサスは、グロリアを救って、燃える館の真ん中で灰となって燃え尽きた。波に運ばれた末、彼は輪廻の始まる前まで至る。
理の女は彼を憐れみ、グロリアをも攫い、輪廻の前で二人を引き合わせた。
彼らの神すら手の届かない輪廻の前で、グロリアはナーシサスの本来に気が付いた。ナーシサスはグロリアの愛に気が付いた。彼らは互いに手を取って漸く、愛と恋とは交わった。
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