第2話 宮城さんと、肉食獣
お披露目配信の3週間前。
3Dお披露目に向けた、歌にダンスレッスンに企画の提案や打ち合わせに、スケジュールは詰めに詰まっている。
刻一刻と近づくその日に向けて、緊張しいの私にしては前向きによく頑張っていると思う。
緊張する暇もないくらい、忙しさが勝っているのもあるんだけど。
当日までにやること、決めることは沢山ある。
今、犬養桜は配信の数を徐々に減らしている。
配信の間隔をあけていることで、ちらほらSNS上では心配の声があがってもいる。
まぁそれも今回の3Dお披露目配信の告知で若干は落ち着いたけど。
「んん~やることがいっぱいあるなぁ」
時間は有限だ。一人24時間という一日の枠は変わらない。
予定が消化できないと、自然と削るのは睡眠時間になる。
あーやだやだ。睡眠時間だけは絶対にちゃんととりたいと思っているのに。
それもこれも、お披露目配信のためだと思って踏ん張っていた。
そんなある日、眠い目を擦りながら学校の廊下を歩いていると、目の前にノートが落ちていた。
付近には誰もいない。
表紙と裏を見ても誰の名前も書いていない。
中身をパラパラと捲ってみると文字は書かれているが、授業の内容というよりかなりの文章量だったので、少し開いて「日記か?」と思った時点で読むのをやめた。
他人の日記を覗く趣味はない。
仕方ないので、職員室に持っていこうかと思った時、「うわーーーーーん!」という耳をつんざくような叫び声とともに、宮城さんが走って来た。
びっくりした。
宮城さんてあんな大きな声出せるんだ。
必死に手を伸ばしてきたので、勢いに負けてノートを差し出す。
「びっ…くりした…。このノート、宮城さんの?」
「う、うん、そう、ごめんね。驚かせて。移動教室から戻る時に落としたみたいでいま気づいて…あの、中身……見ました……?」
明らかに息を切らせてノートを捜索している時点で、このノートが彼女にとって大事なもので、尚且つ中身を他人に見られるとまずいものであることは、私にだって何となく分かる。
良かった見なくて。
「え、いや全然、見てないよ」
「よ、よ、良かったぁ…。ごめんなさい。ほんとにごめんなさい」
一体何が書かれてるんだそのノート。デスノート的な何かなのだろうか。
「えーと、あるよね、そういう、人に知られたくないことって」
誰だって秘密にしたいことはある。
宮城さんにもそういうものがあるんだろう。
たとえそれがデスノート的な何かであっても。
「そうなんです。バレちゃうと世界が終わるっていうか…」
ようやく肩から力が抜けたように、ふにゃりと彼女の顔にほっとしたような笑みが浮かんだ。
ほんと、何が書かれてるのそのノート。
宮城さんとはグループは違うけど話すと癒されるから好きだ。
話し方や声の出し方でも、所々本人の丁寧さや優しさが滲み出ている気がして、安心するのだ。
ノートの内容はさて置き、そのまま廊下で立ち話をしていると、さっちゃんと洋ちゃんがやって来た。
宮城さんと洋ちゃんの目が合う。
「「あ」」
途端に、全力で逃げようとした宮城さんを洋ちゃんが素早く捕まえ、わきわきと手を動かす。
「え、ちょっと洋ちゃ…」
「おーっほっほっほ!」
止める間もなく、不気味な高笑いをした洋ちゃんは宮城さんを背後から
「最近、何だか味をしめたみたいで」と説明するさっちゃんとともにその光景を見て立ち尽くす。
身悶える宮城さんと、獲物を見つけた肉食獣のようにイキイキとしている洋ちゃん。
止めてあげたほうがいいのかどうか、判断に迷う。
「あはははは」
「くっ、ちょ、私はっ…!あくまでも同人の書き手であってっ、百合の当事者にはっ…ならないんですっ、くっ…、ころせぇ…!私は壁……私は、観葉植物……っ!」
「……この光景、私達はどんな気持ちで見てたらいいの?」
「なんかね、洋が絡むたびに宮城さんが耐えるように呟くワードがあいつのツボにハマるらしくて。私は何言ってるかよく分かんないんだけども」
宮城さんも宮城さんで、別に洋ちゃんのことが嫌いってわけではないみたいだから、ここ最近はこうしてやり過ぎないように、傍である程度まで見守っている、というさっちゃんは本当に保護者か何かなんだろうか。
つまりは、意外とふたりは相性が良さそうってことかな?
「ところで何の話してたのこんな所で」
「ああ、それは」
さっちゃんに、人に知られたくない秘密の有無について話していたのだと伝えると、「あーなるほどね」と合点がいったようだった。
「有住自身は特にそうだよね。あのこととか」
さっちゃんの言葉に無言で頷く。
彼女は私が犬養桜であることを知る数少ない友人だ。
なんだかんだ脇の甘い私のことをいつも助けてくれている。
「でもさ、身近な人には秘密は打ち明けたいと思ったりする?あー、例えば、吉谷とかにもさ」
私が聞くのも余計なお世話かもしれないけど、と少し目をそらしながら聞いてきたそれは、私を気遣ってくれているんだろう。
吉谷に、私が推しの犬養桜だと明かす。
何度かそれを想像して、うまくイメージできなくて、そのたびに考えることをやめてきた。イメージができない理由は、私にはまだそれに向き合う勇気がないからだということは、分かっている。
「……言う必要、あるのかな」
口から出た言葉は今にも消え入りそうで、私の自信の無さが表れている様だった。
「まぁそうだよね。ごめん」
「あのさ、さっちゃん」
「ああ、大丈夫だよ。無理して言わなくても、私も出しゃばっちゃって…」
「あ。いや、そうじゃなくて」
首を傾げるさっちゃんの方を見ながら、「そろそろあのふたり、とめたほうがいいかな……?」と指を指した。
その先には、身悶えながらぶつぶつと何かを口走りぐったりしている宮城さんと、ニコニコ顔の洋ちゃん。
なんだかお顔がツヤツヤしている。
「あ、忘れてた」
その後は、ぐったりしている宮城さんを洋ちゃんから引き離し、教室に運び込んだ。
宮城さんは満身創痍になりながらも絶対にノートを離そうとはせず、私の中でのノートの謎は深まったのだった。
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