第7章
第1話 犬養桜と、嬉しい知らせ
「――なるほど」
「あり?どしたの有住」
「ちょっと電話してくる〜」
お昼休みにスマホを見ると、マネージャーさんから新規のメッセージが入っていた。
書かれている内容を読んだ途端に居ても立っても居られなくなり、周囲からの「いってらっしゃい」の声を背に、駆け出す様に教室を出る。
人気の無い所へ移動しながら、
『あ、お疲れ様です。犬養さん』
『お疲れ様です。メッセージ見ました』
『良かった!できれば直接伝えたかったんですよー!犬養さんが日中起きている人で良かったです!ありがとうございます!』
『えと、それは…どうも?』
Vtuberとして活動していると、たまにこうして日中に起きて連絡が取れるだけでマネージャーさんに感謝されることがある。
私はただ真っ当に生きているだけなのだけど。
他のVtuberの皆さんは一体どんな生活をしているのだろうか。
とまぁ、それは置いといて。
『決まりましたよ。例の件』
『ですね』
淡々と答えているつもりでも、声色が浮足立っている。誰が見ているか分からない校内でも、流石に嬉しさが隠せない。
『後で詳細送りますが、先に口頭でスケジュール感お伝えしてていいですか?』
『お願いします』
今後のスケジュールを読み上げるマネージャーさんの声を聞きながら、ふいに首筋を駆け抜ける風の冷たさに身震いする。
ここ最近、陽が落ちるのも早くなってきた。
暦の上では、夏はとっくの昔に終わっている。
秋の深まる気配に、冬の足音も混じっているような気がした。
――それから数週間が経ち、ついにSNSで情報が解禁された。
「聞いてーー!さくたんのっ!3Dお披露目配信がっ!決定したってー!!!」
登校して教室のドアを開けようと伸ばした手が、歩の叫び声でピタリと止まる。
今入ると面倒くさそうだなぁと思いながらも、入らないことには他の人の邪魔になる。
どんなリアクションをすればいいかと考えながら教室のドアを開けると、案の定、興奮気味の歩が宮城さんの目の前で暴れていた。
いや、暴れていたというか、話す時の身振り手振りが大き過ぎて、とても目立っていた。
「おはよう」
「…あっ!お、おは、あう……」
「?」
「おはよう。有住さん」
「おはよう、宮城さん。何の話してたの?」
挙動不審な歩を無視し、何も知らないふりをして話題に入ってみる。
いつもなら犬養桜の話題は避けたいところだけど、私だって初めての3Dお披露目配信だ。
コアなファンである歩の反応は見ておきたい。
更に言うなら、やってほしい企画とかあれば知っておきたい。
いつものように、ストレートな巨大感情をぶつけられることを予想して、平常心、平常心…と自分で自分に言い聞かせる。
「で、あゆ……、吉谷はどうしたの?」
思わず名前で呼びそうになって、ここは学校だということを思い出す。
秘密が多いと大変だ。
「自然に…自然に……」
何故だかぶつぶつと呟く歩の姿に眉を
幼馴染同士にしか分からない何かがあるのだろうか。
少しだけ妬いてしまいそうだ。
「えと、有住…体調とか…大丈夫?」
私が仏頂面になったからか、歩は急に気遣うように話題を変えて来た。
「いや、大丈夫だけど…」
「ほんとに?有住の身体は今が大事な時なんだから、無理は禁物だからね…?」
「えぇ…?」
受験のことを言っているのだろうか、それだと皆総じて大事な時だし大事な身体だと思うのですが。
あまりに歩が私のことをしつこく気遣うので、それに気づいた洋ちゃんが近づいてきた。
「なに、あんたらもしかして子どもでもできた?」
なんて爆弾を落とすんだこの野郎。
途端に、教室にいたクラスメイト達が笑顔のまま固まり、静かに騒めく。
宮城さんは何故か急にスマホを取り出し、カカカッと驚く速さで何かを打ち込んでいる。
「できないわっ!」
頼むから注目を集めるようなことを言わないでほしい。
「わ、私、有住との子なら……うぇるかむっていうか、…むしろおーけーっていうか…」
「相手は吉谷で確定ですな」
「吉谷も、誤解されるようなこと言わないっ!ていうか女同士は子どもできないっ!」
「大丈夫、いまノーマル夫婦でも、物価高で子どもを望まない夫婦が増えてるから」
「社会の闇ぃ…」
今したいのはそんな話じゃない。
本当に、どうしたのかと思って歩の顔を覗き込むと、あうあうと戸惑うように不審な動きを繰り返すだけだ。
「どうしたの、吉谷」
「大好きな有住を見て、好きが爆発しちゃったんじゃない?あ、有住、この間の旅行で吉谷に何かした?……まあ、したでしょうねぇ」
ふぅ、と芝居がかった様子でため息交じりにそう零す洋ちゃんは、まるで娘の心配をする母親のようだ。
いや、私達みんな同い年ですが。
というか。
「ギリしてないわよ!一線は保ったよ…ね?」
聞き耳を立てているクラスメイト達には聞こえないよう、声を潜ませ、そう問いかける。
助け舟を出してほしかったのに、途端にこれでもかというくらいに頬を染める歩に、「あれ?」と私も戸惑い始める。
よく見ると、耳まで赤い。
見かねた洋ちゃんが、ぽん、と私の肩に手を置く。
そして、非常に言いづらそうに、こう言った。
「まぁ、あれだ…、有住…、個人によって一線って違うだろうから、そこから認識のすり合わせって必要…なのかもね……」
破天荒な面では他の追随を許さないはずの洋ちゃんに至極真っ当なことを言われ、私は膝から崩れ落ちた。
というか、私の3D配信の話はどこいった。
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