第6話 ふたりの、フラグ
あー、直視できない。
いやそもそも、他人の裸なんてまじまじと見るもんじゃないんだけど。
私達ふたりはまさにいま、温泉施設の脱衣所にいた。
大浴場の脱衣所特有のムワッとした湿度のなかに、人肌の匂いが混じる。
当然その人肌の匂い、には歩の匂いも含まれているわけで……ここまで考えて思考を断絶する。何の修行なんだろう、これ。
頭をぶるぶると左右に振る。
横には少し緊張したように、一枚一枚服を脱ぐ歩がいる。
恥じらいが見えるから余計にこう、こちらも照れるというかグッとくるものがある。
正直なところ、ガン見したい。
歩の身体を、余す所なくこの明るい電灯の下で堪能したい。視覚的に。
そこまで考えて、また頭を左右にぶるぶると振る。段々頭がくらくらして来た。
「え、愛花、大丈夫?」なんて心配してくる歩に、「大丈夫、大丈夫」と返す。
お湯に入る前にのぼせて鼻血が出そうだ。ちょっとこの脱衣所、暑すぎる気がする。
簡素なロッカーに、私も脱いだ服を畳んで入れる。
修学旅行の時はそんなに気にならなかったのに。
関係性が変わるとこうも見方が変わるのか。
「愛花、あんまり見ないでよ」
タオルで胸元と下半身をかろうじて隠した歩に、そう
「え、あ、そんな見てたっ…け……うん、ごめん」
どうやらちらちらと見ている目線に気付かれていたらしい。
私は自分でも歩を見ていることに気付いてなかったのに。
「まぁ、いいよ。はやく行こう」
「そ、そだね」
白い肌を直視した瞬間、綺麗だな、と思ってしまった自分がいて、背中の骨の髄から、ゾワゾワしたものが駆け上る。
唾を飲み込む。
「い、……行こっか」
そう返事する私の顔は、自分でもわかるくらい引き攣っていた。
「あ、シャンプーどうぞ」
「ありがとー」
そんなやり取りが嬉しくて、視界に入る歩の姿が、ちょっと恥ずかしい。
お湯に浸かるもやっぱり歩の方は見れなくて、ずっと真正面をみて話していた。
「私さ、修学旅行の時は愛花のこと、見れなくてさ」
「うん?」
歩がお湯の中で両手を組み、伸びをするようにグッと前に突き出す。
何でもない動作なのに、ちらちらと横で動くその様子が気になってしまう。
「ああ、確かに挙動不審だったよね」
「うん。あの時はもう、愛花の事が好きだったから、ドキドキしちゃってさ」
「……」
「友達なのに、こんな感情を持ってる私が一緒にお風呂に入るなんて、何ていうか、ズルいっていうか、……気持ち悪い、って思われないかなって」
「え?誰が?誰を気持ち悪いって思うの?」
「愛花が、私を」
「思わないよそんなこと」
驚きとともに、少し、イラッとする。
少なくとも、もしも私が歩に恋愛感情がなかったとしても、大事な親友に対してそんなことは思わない。
もう少し私の事を信用してほしい。私の行動が足りていないのかもしれない。
真っ直ぐに歩の目を見て、もう一方答える。
「思わないよ」
お湯の中で強く歩の手を握りしめた。
「あ、ありが…」
「好きだよ」
ちゅ、とその頬に口付ければ、みるみるうちに私の彼女は真っ赤になった。
「あ、ありずみ、ここ公共の場……」
「愛花、でしょ。もっとキスされたいの?」
こちとら、近くに人が居ないことは確認済みだ。
勿論、シャワーの所や露天風呂の所には人が居るので節度は保つつもりだ。
「あ、愛花、なんか目がこわ……」
「部屋に帰ったらいっぱいキスしようね」
そっと歩の耳元で囁く。
ひゅっ、と歩の息を呑む音が聞こえた気がした。
実に良い思い出になりそうだ。(あくまで高校生としての範疇で)
――そこから少し時間は遡る。
模試の前の放課後、私、村山紗智は悪友の水上洋子とともに教室の真ん中に留まっていた。
目の前には洋に連行されてきた宮城さん。
心なしか、若干怯えているような気がする。
隣には肉食獣のように目をギラギラさせた洋が見つめていたので、頭を叩いておく。
「洋、大人しくして」
「いま私何にもしてなかったよ!?」
「あー、宮城さん。ごめんね、こいつが」
「あ、いえ、驚いただけなので全然大丈夫です。水上さんはこういう人だって分かっているので。悪気がないことも承知しています」
「ふたりとも酷くないっ!?」
流石は宮城さんだ。
彼女は話し方が敬語混じりだったりおどおどしていたりするけれど、それはあくまで“話し方がそう”というだけだ。
実のところは、かなりしっかりと自分をもっている。
部活をやっているからなのか、脚本を書いたりもしているらしいし、自分の世界観を持っている人なのかもしれない。
さて、洋に任せていたら話が進まないので、一先ずスルーする、と。
「あの、…その…」
私が口を開くより早く、宮城さんがおずおずと話し出した。
「お、おふたりは、有住さんがその…あれなのご存じなのでしょうか…」
宮城さんの顔から少しだけ眼鏡がずり落ちる。
「ああ、Vtuber?気づいていないの吉谷だけだよ」
洋がさらりと言う。
あー、やっぱりそうか。宮城さんも気づいていたクチか。
それならさっきの発言も納得だ。
洋と目を合わせる。
「宮城さんも気づいてたか、それなら……」
「あの、そのことなのですが…」
宮城さんの言葉に、頷いていた私達ふたりの視線は再び宮城さんへと移る。
宮城さんは気まずそうに、ずり落ちた眼鏡を直しながら続ける。
「じ、じつはあゆちゃんも…」
「……そこんとこもっと詳しく」
驚きのあまり、私も洋も宮城さんの方へ身を乗り出し、ずい、と迫る。
「ことの始まりは、校内放送があった日でして――」
かくして、私達はその日、完全下校時刻で先生が見回りに来るまで、3人で話し込むことになった。
第6章 おわり
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暫くまた時間が空きますー!
ここからはふたりにとっても周囲にとってもちょっぴり正念場です。
何せ受験もやってきますからね。
作者は大学受験を受けたのは遥か遠い昔なので(年齢がバレるので何年とは言わないですが)、今の受験事情は分かりませんが、どの時代もきっと大変だろうなとは思います。
全国の受験生を応援しながら、次の章に向けての準備をさせて頂きます。
ここまで読んでくれた皆様、本当にありがとうございます。
それでは、また。
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