第3話 有住であり、愛花である



 模試の後の今度の連休、お泊りにいかないか、と誘ってみたのは、模試の前の休み明けだった。


 そのタイミングだと学校の定期試験も終わり、ひと段落するから、そのご褒美にと思って歩に声を掛けた。


 一瞬、さっちゃん達も、とふたりの顔が頭を過ぎったけれど、今回は頭の中に浮かんだその提案は、提案する前に掻き消した。

 ふたりきりになりたい、と思ったからだ。


 もしよかったら宿泊代や費用は出すから、と言うと「バイト代で貯金はあるから大丈夫」と以外にも頼もしい答えが返って来た。

 確かに、バイトしてたなと思い出す。


 その提案をして承諾を得たそのままの足で近くのカフェに行き、小旅行の計画を立てる。

 近場で、何なら日帰りでも行けるような場所。

 温泉にも入りたい。

 そうして日程や場所、宿を決めた。


 一緒にスマホの画面を前に顔を突き合わせていると、隣に座る歩の目がキラキラしていることに気づく。

 身体中からわくわくしている雰囲気が伝わる。

 本当に分かりやすい。

 分かりやすいから、私もそれを見て嬉しくなるし、わくわくする。


 この子のことが、好きだな、と思う。


「やる気出てきた!」と歩が握り拳をつくる。

 本当にやる気が出てきたようで、夕方になり、「そろそろ帰ろうか」と言っても、「私はここでちょっと勉強して帰るから、有住先に帰っていいよ」と言われてしまった。


「え、そしたら私ももうちょっと居ようかな」

「うーん、有住、最近少し風邪気味だったんじゃないっけ?心配だから早く休んだ方がいいよ。熱出しちゃったら旅行もいけないしさ」

 そう言われると、残れない。


 残れないけど、一言言っておきたい。

「歩」

「…っ、な、なに?」

「なに、じゃなくて」

「あー……ごめん、あ…愛花」


 私の名前を呼ぶと、歩は、「はっずぅ」と呟いて、机に突っ伏した。

 まるで空気が抜けた風船みたいにしんなりしている。


「今日、全然名前呼んでくれなかった」

 歩の髪に手を伸ばし、サラサラと弄びながら静かに抗議する。

「だって、クセで。しかも、名前を呼ぼうとすると、こう、その度に心臓がぎゅっと掴まれた感じになっちゃって」


 ふふふ、と思わず笑みが零れる。

 私の名前を呼ぶだけでそう思ってくれるんだったら、まあいいか、と思える。


 とはいえ、夕飯の時間に遅れると母にもお小言を言われるので、ひとりで席を立つ。


 ひとりでお会計をして先ほどまでいたテーブルを振り向くと、真面目な顔して参考書を開く歩の姿があった。


 心無しか、まだ頬が赤い。

 少し寂しいけど、気遣ってくれたんだから、と帰り道をとぼとぼ歩く。


 そして、ふと気づく。

 私、風邪気味だって歩に言ってたっけ、ということに。

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