第5話 有住愛花は、崩れ落ちる

「ね、ねぇ、有住」

「いらっしゃませ。ご利用はお二人でよろしかったでしょうか?」


「はい、フリータイムで」

「ありがとうございます。ではこちらドリンクバーもついていますのでグラスもお渡ししておきますね。お部屋はあちらの係の者が案内します」


 カラオケの店員さんの案内で部屋に通される。

 防音の部屋に通されてソファに座るなり、吉谷に問いかける。


「――どうする?ドリンク取りに行く?」

「そうじゃなくてっ!なんでカラオケなのっ!」


 吉谷は状況についていけず、困惑顔だ。

 無理もないと思う。

 実際、無理矢理連れてきたし。


 本当は家に連れて行きたかったけど、今日は機材は出しっぱなしだ。

 何より部屋だと歯止めがきかなくなりそうだから、踏みとどまった。


 とはいえそろそろ、理由を明かさないと、余計不安にさせるだけだ。


「吉谷、こっち来て。ここに連れてきたのはね。――こうするためだよ」

「うわっ!」


 吉谷の腕を強く引っ張り、そのままソファに座り込む。

 勢いで、座った私の膝の上に、吉谷が倒れ込む。


 そうして、抵抗して離れようとする吉谷を強く抱きしめ、向かい合うように座らせた。

「ありずみ…っ」

「吉谷はさ、私が好きな人って誰か分かる?」


 そうして、吉谷の耳元で囁くと、身体がびくりと震える。

 離れようとしているのか、胸元を強く押されるけれど、離してあげるつもりはない。


「有住が好きなのは…わたし……?」

「なんで疑問形?」


 思わず苦笑いになる。

 こんなに何度も伝えているのに。

 ちょっと傷つくなぁ。

 こんなに好きなのに。


 こんなに我慢、しているのに。


「そういえば、太もも…だっけ?吉谷がさっきのファミレスの店員さんのこと見てたのって」

「ちがっ…!あれは有住が、あっ…もう、どこ触って」

「私が何だって?」


 するり、と吉谷のスカートに手を入れ、太ももを撫でる。

 感触を確かめるように、撫でたり、強く揉んだりを繰り返す。


 そうすると、呼吸を浅くしながら吉谷の方から抱き着いてきてくれる。

 余裕のないその姿を見るだけで、私の中で愛おしさが溢れていく。

 この子を独占している、って気になる。


 でも、今日は私だけが満足してちゃいけないんだ。


「吉谷、愛してる」

「……っ」

「あゆむ、こっち見て」

「うん…」


 優しく問いかけると、私にしがみついていた吉谷がぎこちなく顔をあげる。

「ごめん。不安にさせて」

 ちょっと声が震えてしまった。


「吉谷が不安になったのは、藤原さんのことだけ?」

 少し間を置いた後、「そうじゃなくて」と吉谷が絞り出すように呟いた。


「いや、正直それもあるけど、それだけじゃなくて」

「うん、なぁに?」




「……私はね、本当は有住の全部を、独り占めしたいんだ」


「独り占め、したいんだよ」

 もう一度呟かれたその言葉に、息を呑む。


「でもそれじゃいけないって分かってる」

 たぶん吉谷は、自分のなかの独占欲とか嫉妬とか、色んな気持ちと葛藤している。

 頭で分かっていても、感情が追いつかないんだと思う。


 吉谷が他の人と話している時、私も少なからずそうだから。


「取り敢えず、私と別れたいわけじゃないんだよね?」

「別れたいだなんて思ってないよ!」


 ふるふると、首を横に振られたことで一旦安堵する。

 それでもまだ私のなかの危険信号は続いている。


 吉谷を安心させなきゃいけない。

 安心してもらわないといけない。

 そうしないと、良くない事が起こる気がするから。

 それだけは嫌だから。


 自分の心臓がある辺りをぎゅっと掴む。


「私はね」

「……うん」

「吉谷に、別れよう、って言われるのが怖いの」

「……え」

「凄く怖いの」


 今度ははっきりと声が震えてしまった。

 吉谷の目が、見開かれる。


 少しの間目が合っていたはずなのに、段々、ぼやけてきた。

 ぽたぽたと、目から何かが零れ落ちていく。


 目頭がどんどん熱くなる。

「不安にさせてごめんなさい。悲しませてごめんなさい。……でも吉谷のこと好きなの。失いたくないの」

「え、ちょ、有住」


 唐突にたかぶり泣き出した私に、吉谷が慌てているのが分かる。

 でも、私にとっての最悪の事態は、まさにいま言ったことが本音だった。


 最近、吉谷は何だか悩んでいた。

 悩んで、吹っ切れた様になって、また悩んで。


 恐らく私に対してなんだろうけど、そのサイクルに疲れた時、吉谷が私から離れていきそうで怖かった。

 私は吉谷がいなくなるのが怖い。


 生まれて初めてできた親友で、恋人で、吉谷がいなかったらまたひとりぼっちになる気がして。


「好きなの…、吉谷だけなん……、ぐすっ、だから……ごめ…なさ」


 泣きじゃくる自分の中で、何処か俯瞰してみているもうひとりの私が、吉谷が困るから泣き止まないと、と語りかけてくる。

 それでも涙が止められなくて、吉谷の服に顔を埋め、私の方がしがみつくようなかたちになる。


「も…、誤解されるようなこと……しないし…ゲームもしないし…吉谷以外のひとともしゃべらな…」

「はい?え?いや、ちょちょちょ、すとっぷ、すとっぷ!飛躍し過ぎだって!……有住の気持ちはわかったから、もう顔をあげて?ね?」


 吉谷が、私の膝の上で、私の頭を撫でる。

 優しい手つきと眼差しに、もっと好きになってしまいそうになる。


「有住の行動制限なんてしないよ」

「でも」

「気持ちは凄く伝わったから。……私も好きだよ」

「…うん」


 ずずっ、と鼻をすすると、吉谷がにこりと笑った。

「愛花」

「ふぇっ」

「これからはずっと名前で呼んでもいい?」

「あ、う、そしたら私も、あゆむって呼ぶ…」


 ん、と同意してくれて、また頭を撫でられる。

 仲直り…できたのだろうか。


 格好良く気持ちを伝えようと思っていたのに、結果、かなりダサい状況になってしまった。

 恥ずかしい。

 恥ずかしいけど、伝わったんなら結果オーライだ。


「せっかくカラオケ来たんだし、歌っとく?」

 歩がにこりと笑ってマイクを指差す。


「そうだね」

 言葉で同意しながら、もう一度歩を抱き寄せる。


 もっと一緒にいたいな、とか、それなら一緒に暮らしたいな、とか抱きしめる腕に力を込めながら考える。

 もう暫らくは、離せそうにないのだった。




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第5章おわりです。

時間予約投稿は事前に投稿したという安心感がでる代わりに、

「あれ、なんて書いてあったっけ…」と不安になる側面もありますね。


久しぶりの投稿でした。

いかがでしたでしょうか。

内心物凄くぶるぶるです。


このあとがきも、既に公開後に更新しています(笑)

一度書き出すと、更に書きたいことやお話を進めたい部分が出てきたのでまた近々更新するかもです。


現時点でストックはないのでまたプロットからにはなりますが。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

それでは、また!

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