第4話 有住愛花は、責任をとる
目の前で、ぢゅるぢゅるぢゅる……と、吉谷がストローを咥えてジュースを飲んでいる。
あー可愛い今日スカートなんだ生足出てる触りたいもしかして触っていいのかな少しくらいいいかな――。
じゃない、そうじゃない、と思わず溶けかけた思考を元に戻す。
――おかしい。
なんとか踏みとどまって、煩悩を払うように頭をぶんぶんと振り回す。
待ち合わせしていたファミレスで出会って早々、なんだか吉谷の様子がおかしいのだ。
目の前に座る恋人を見る。
何を話しかけても、ああ、とか、うう、とか、んー、だとかの返事ばかりで、私の声が耳に入っていないみたいだ。
どこか上の空、というか、元気がないような気がする。
あなたさっきまで、私の配信のコメント欄にいたよね?
もしかしてファミレスに来る途中で何かあったのか?そうなのか?
考えていても埒が明かない。
「ねぇ、よしたに――」
「有住さぁ」
言いずらそうに、吉谷が口を開く。
思わず私は口を
きょろきょろと辺りを見回して、料理を運んでいる店員さんを目で指し示す。
「あの人のこと、どう思う?」
「はい?」
「だから、あの人のこと」
そう言われてみると、
「忙しそうだね」
「そうじゃなくて、なんて言うか、たぶん年上かなって思うんだけど」
「え?あーまぁ、年下には見えないね」
もう一度その店員さんを見て見る。
うん、恐らく年上、顔は整っている方か。
それでいて、レジもして、お客様の案内もして、料理も運んでやっぱり忙しそう。
お疲れ様です。
感想はそれだけだ。
「年上の色気っていうか、こう、胸とかその、……太ももとか、どう思うかなって」
「はぃ?」
言われている意味が分からなくて返事に困る。
もしかしてあの人が、以前言っていた、犬養桜に声が似ているって人なのかもしれない。
吉谷にとってああいう人が本当は好みなのだってことを打ち明けようとしているのだろうか。
ちょっとそれだけで泣きそうなんだけど。
面白くもないその結論に至り聞いてみるも、「違うんだよ。それは解決した」としか返してくれない。
ますます謎だ。ていうか解決してたのか。
「ねー、ヒントがないと分かんないんだけど」
「んーと、その、有住はそういう、年上のお姉さんが好きなのかなって……なんとなく…そう…思って……」
段々と声が尻すぼみになる。
恐らく私の表情が段々と険しくなってきたからだろう。
「私が好きな人、いま私の目の前にいるんだけど。ていうかなんでいきなりそんなこと言うの?」
「だってさっきの配信で…っと」
「え?聞こえない」
「んー……」
吉谷からの返事が聞こえるまで、頬杖をついて指でテーブルをとんとんと叩く。
暫くすると吉谷が「こ、この間、藤原さんといて、楽しそうだったから……」なんて言い出した。
藤原さん、というのはクレアさんの本名だ。
なるほど。
そういえば以前、彼女がコラボ前に学校に私を迎えに来た事があった。
確かにあの時、クレアさんは距離が近かったけど、それは私達を揶揄っていただけだ。
「あの人は誰に対してもあんな絡み方だから」
「んーでも、そういうの、ちょっとだけ不安になる…かな」
ぎゅっ、とテーブルの上に置かれた吉谷の手が拳をつくる。
もしかして、最近悩んでいる風だったのって、こういうことなのかな。
吉谷の不安が伝わって、私も少し不安になる。
これって返事の仕方を間違えると、最悪怒らせちゃうやつかな。
見た感じどっちかというと、悲しんでる、って様子かもしれない。
胸の奥がちりちりと痛む。
「あー。もしかして、その他にも私の言動で何か不安にさせるようなところがあった……とか…?」
「……」
え。黙ってるってことは肯定ってことだよね。
これはちょっと危険信号だ。
周りの雑音が急速に遠くなる。耳鳴りがしそうだ。
どうしたらいいのかと、何を言えば正解なのかと、頭をフル回転させる。
そんな事で不安にならなくても、私には吉谷以外、見えてないのに。
吉谷に幻滅されて、別れを切り出されることが、今の私が一番恐れていることなのに。
――いやだ。ぜったい、いやだ。
「――吉谷、ちょっとここ出ようか」
「え、あ、ごめ」
「そうじゃなくてさ。ここは私が出すから。次のお店も」
「え、次のお店って?」
吉谷の問いかけに曖昧に返事をしたまま、私は彼女を連れて店を出た。
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