第6話 さっちゃんと、波乱の夏祭り


 夏祭り初日、辺りが暗くなり始めた頃に学校近くの神社に来た私と洋、桃瀬ちゃんは、通りにずらりと並ぶ屋台の間を歩いていた。

 私服で来た私と洋とは対照的に、淡い桃色の浴衣を着た桃瀬ちゃんは、それがとてもよく似合っていて可愛い。


「桃瀬が桃色の浴衣来てる~ウケる。……いたっ!」

 いつもと変わらない調子の洋の頭を叩いて溜息をつくも、どこかで安心している自分もいる。

 正直今は、こいつがいないと少し気まずい。


 いや、私も今日が楽しみではあったんだけどね。


「先輩、急に誘っちゃって大丈夫でしたか……?」

 心配そうな桃瀬ちゃんに覗き込まれ、慌てて「あ、ああ、大丈夫、大丈夫」と返事する。

 自分の声色が思っていたよりも上擦っていて、自らの慌て具合に恥ずかしくなる。


 駄目だ、落ち着け、私。

 年下の女の子に気を遣わせて、失礼でしょう。


 少し気持ちを落ち着け、桃瀬ちゃんの目を見て言い直す。

「私は何度もお祭りに行けて嬉しいよ。あと、桃瀬ちゃんのその浴衣、凄く可愛い、似合ってる」

 本心から、思ったことをちゃんと伝えた。


「あー…そういうとこなんだよなぁ」

「ですねぇ…」

「え?」


 流石は元同じ部活の先輩後輩コンビ(?)、何か通じ合っている様子でふたりで目配せしあって頷いている。

 一体何なんだよ。

 こういう色恋沙汰で当事者になったことが無いから、ほんとに反応に困るのだ。





「桃瀬ちゃん、良い子でしょ?」

「いや、何であんたがドヤ顔なのよ」

 さっき買ったりんご飴を片手に、洋がニヤニヤしながら問いかけてくる。

 当の本人は今、ベビーカステラを買うため近くの屋台に並んでいるところだ。


「この間も言ったけど、それで付き合うかどうかは別」

「ちぇーっ」

 面白くなさそうに洋が顎をしゃくれさせる。

 無性に腹立つな、その顔。


「大体何で洋はそんなに私と桃瀬ちゃんをくっつけたがるのさ……」

「あーー!!村山先輩だ!」

「あ!ほんとだ!村山先輩達!」

「げ」


 大きな声にびっくりしてそちらを見ると、中学の頃の女子サッカー部の後輩達が数人、人混みの間をこちらに向かって走ってくるところだった。

 桃瀬ちゃんもびっくりした様子で、並んだ屋台のところから、走ってくる後輩達を凝視している。


「こんにちは!村山先輩、水上先輩」

「お、おー。ひさしぶり……」


 そこから暫し雑談。時間にして経過時間は10分くらい。


 ちらりと桃瀬ちゃんの方を見ると、買い終わったベビーカステラを片手に持ったまま、所在なさげに屋台のところで立ち尽くしている。

 そうだよねぇ、と心の中で呟く。


 桃瀬ちゃんは洋の後輩で元テニス部。

 今私の目の前に居るのは私の後輩達で、元女子サッカー部。

 同じ学校だったから知ってはいるだろうけど、それでも何で一緒に居るのかとか聞かれると答えにくいし、ちょっと気まずいかもしれない。


 ましてや、もしも「それなら私達とも一緒にお祭りまわりましょうよ」なんて言われたら。


「はいはい、あんた達、ちょっとこっちおいで。焼き鳥買ってあげるから、焼き鳥」

「え、水上先輩、いいんですか?」


「いいよー、あっちの屋台で良い?」

 突拍子もなくそう提案しながら、洋が半ば強引に後輩達を少し離れた屋台に連れていく。

 そもそもあいつの後輩じゃないんだけど。

 強いな。


 でも今はその強引さに感謝だ。

 すかさず離れたところで戸惑っていた桃瀬ちゃんを手招きして、傍に呼び戻す。


 ごめんね、と言うと、全然大丈夫です、と少し戸惑いの色を見せつつも、そう返してくれた。


「洋が暫くあいつらの相手してくれるから」

 恐らく、焼き鳥を買ったら後輩達を煙に巻いて、そのままひとりで戻ってくると思う。

 そういう人あしらいが上手いから、洋は。


「水上先輩、ああいうところが頼りになるんですよね。意外と気遣い上手で。でも良かったんですか?その、もっとお話しなくて」

「……洋に関しては、それ私も同感。後輩達に関しては、まぁ、また会えるから今日はいいかな」


 今日の優先順位は桃瀬ちゃんだし、とまでは言わないでおいた。


 そうですか、という呟きがちいさく聞こえ、あとは沈黙する。

 流れた沈黙で、今、私達はふたりきりなのだと気づいた。



「あー桃瀬ちゃん」

 ぽりぽりと、痒くもないのに頬を掻く。

「ここで、この間の返事、してもいいかな」

 彼女の目を、真っ直ぐに見て切り出した。





 正直なところで言うと、付き合ってみてもいいかなと思った。


 好きでもないけど付き合うって、よくあることだと思うし。

 付き合い始めた後に好きなるかもしれない。

 もしくは、ならなかったとしても、付き合うってことや、一瞬でも誰かと特別な関係になったってこと自体が、良い経験になるのかもしれない、なんて。


 ――でも、そこまで考えて、「経験ってなに?」と疑問が湧いた。


 みんな恋をして、家族以外の特別な人ができて、私にはその感覚はまだ分からなくて、取り残されていく。

 本当はそんな状況に多少なりとも寂しさや焦りを感じていたのかもしれない。


 きっと、付き合う事になったら、私はこの子を大事にする。

 多分、男だとか女だとかじゃなくて、この子自体を大事にするとは思う。


 いつか付き合えば、好きになるかもしれない。

 ――でも、多分、それはきっと、今じゃない。




「桃瀬ちゃん」

「はい」


 私が真っ直ぐに彼女の目を見つめると、彼女も真っ直ぐに私を見つめ返してくれた。

 白く透き通った肌が、熱を帯びてほんのりと赤くなっている。


 幼さはまだあるのに、どこか大人びた雰囲気も感じられて、少しだけどきりとした。

 少しだけ、だけど。


「ごめん。私には誰かを想って胸が痛くなるとか、好きになって一喜一憂するとか、そういうのがまだよくわからないんだ。でもこの数週間は少しだけそれに近い体験ができた。ありがとう。でもごめん、こんな中途半端な気持ちでは付き合えない」


 そう伝えた瞬間、桃瀬ちゃんは一瞬だけ私から目を逸らし、やがて「わかりました」と呟いた。


 思ったよりもあっさりとした返答に拍子抜けしつつも、ほっとする。


 分かってくれて良かった、と思ったのも束の間、「じゃあ――」と今度は彼女が切り出した。

「じゃあ、先輩がそういうことを分かるようになってからなら、考えてくれます?」

「――はい?」


 思わぬ角度からの切り返しに、間抜けな声が出る。


 そういえばこの子、結構したたかな子だったっけ。

 最初、私と洋が付き合っていると誤解していたのに「あわよくば付け入るスキがないか……」なんて画策していたんだもんな。


 ぽかんと口を開けて反応に困っている私を尻目に、彼女は淡々と話し出す。


「例えば先輩が高校を卒業して、大学生か、社会人になったとして。その頃には流石に誰かを好きなる気持ちが分かってくるかもしれない。……もしかしたら、他の誰かを、好きになるかもしれない」


 そこまで話して、“私が誰かを好きになるその時”を想像したのか、桃瀬ちゃんは少し俯いた。

 唇を、強く噛み締めているのが分かった。


「でも、そうして先輩が恋愛感情とか、誰かを想う気持ちを知ってからでもいいので、そうしたら、私のこと、また恋人候補として考えてくれますか」


 彼女が言っているのは近そうで遠い未来の話で、しかもその時彼女が私の事を好きな保証なんてないはずで。

 もしそうだったら。


「でもその時って」

「たぶん、好きです」


 たぶん、なんてあたりが実に正直だ。

 でも、もしその時まで彼女が私の事を好きなままなら、もしもそうなったら、私はその時どうするんだろう。


「もしくは――先輩」

 ゆっくりと桃瀬ちゃんから手が伸びてきて、引き寄せられる。


「ちょちょちょちょっ!」

「――私と、恋を知っていけばいいじゃないですか」


 ぎゅっ、とそのまましがみつかれる。

 私の肩口に顔を強く押し付けているため、今どんな表情をしているのかが見えない。


 泣いているのかと、内心焦った。

 焦ったし、抱き着かれて一気に心拍数が跳ね上がるし、何だか汗もかいてきた。


 でもそれも束の間で、すぐさまぱっと離れると「要するに、お返事はいただきましたし、納得もしましたが、諦めない、ということです」と何とも怖い宣言をされてしまった。


 言っている内容は強気なのに、彼女の目にはいっぱいの涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうだ。


 思わず、いつも弟達にするようにぎゅっとしてあげたかったけど、多分、今ここでそれをするのは適切じゃない。


「……うん、分かったよ。じゃあその時は、また考える」


 調子狂うなぁ。

 目を合わせていられなくて、ふい、と足元に目を向ける。

 賑やかな屋台の明かりが、今はやけに眩しい。


 告白する側もされる側も、こんなに恋ってしんどいんだね。

 みんなこんな事してるのか。


 桃瀬ちゃんは、こちらを真っすぐと見て、少し泣きそうな顔でにこっと笑った。

 それはまた、思わずあやしたくなるような顔で、気遣う言葉をかけようとして、私はぐっと堪えた。






「――私的には、桃瀬とあいつ、お似合いだと思うんだけどなぁ」


 焼き鳥を買ってあげた後輩達(実は名前も知らない、覚えていない)子達を適当に追いやってから、振り返って様子を伺う。


 ありゃだめだな。

 多分、断ってる。


 クールで頼れる皆のリーダー、村山紗智。

 本当は別にクールって程じゃないし、ちいさい妹弟がいるからか、皆の聞き手に回りやすいだけだったりする。

 面倒見はいい。あと長女にありがちな苦労人気質で、年下に好かれがち。


 そんなあいつの隣に、妹気質でしっかり者の桃瀬なら、きっとぴったり“フィット”すると思ったのだ。


「私はお似合いだと思うんだけどなぁ…」


 名前も知らない(覚えていないだけ)後輩達に人数分の焼き鳥を奢って大分寂しくなった財布を片手に、私はもう一度呟いた。





 第4章おわり

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「えーここで終わり?」って思う方もいるかもしれませんが、終わりです(笑)

 さっちゃんは、あくまでまだ「そういう感情がよくわからない」タイプの子なので、これから徐々に知っていく感じです。

 この経験が今後の有住や吉谷達にもいい影響として出てくれたらなぁ、と思います。

(まぁ、それは私次第なのでしょうが…)


 まだ今後もこの小説は続きますが、今新しいお話も練っている最中なので、そちらが本格始動したら更に亀更新になると思います。

 履歴みたら、今1か月に1度更新したらいい方…ですね。ごめんなさい。


 いつも応援してくださる皆様、本当にありがとうございます。

 いつも背中を押して頂いて、全て私の生きる力になっています。

(マジです)


 これからも、読んで頂けると嬉しいです。

 宜しくお願い致します。


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