第5章

第1話 犬養桜は、ドハマりする

 夏休みが明けてはや1か月。

 私はとあるゲームにドハマりしていた。


『なにこれ、ちょ、楽しぃぃいい~~~~!』


 カチカチカチカチ……。

 コントローラーをひたすら操作しながら、マイクの向こうにいる視聴者に話しかける。


 そうすれば、向こう側にいるゲーム有識者のみんなは、気心の知れた友達のように、沢山のアドバイスをくれる。


『さくたん、ここ一旦セーブしてた方がいいぞ』

『そうそう、この後回想シーン挟んでボス戦だから。装備も変えといた方がいい』


 それに対し『有識者のみんな、ありがとう!』と返事をし、ボス戦に備えてセーブする。

 案の定、セーブ後に入室した次の部屋で映像シーンが流れ始め、このステージのボス戦の気配が高まる。


 ゲームはまだまだ序盤。

 着々と経験値も積んでいるし、武器も回復薬も抜かりはない。

 ここで挑むレベル的にも、申し分はないはずだ。


『っしゃぁ!行くよみんなぁー!』

 そう叫んだ勢いのまま、前のめりになってコントローラをさらに強く握りしめた。






 私は今、コアなファンが多いという大人気アクションRPGゲームを実況配信している。

「ゲームが得意じゃないならこれはどう?」と先輩Vtuberに薦められて始めてみたのがきっかけで、これが思った以上に面白かった。


 時代は今から何千年も未来の話。

 荒廃した世界で、アンドロイドが人間を守るため(そういう風にプログラミングされている)未知の敵に立ち向かい、この世界に隠された謎を解いていくのがメインストーリーだ。

 プレイヤーはアンドロイドを操作し、謎を解きながら敵と対戦してストーリーを進めていく。


 ストーリー重視のゲームらしく、戦闘シーンはあるものの、要所要所で挟まれる映像シーンのシナリオは作り込まれていて、も綺麗だ。

 純粋にシナリオだけの小説があれば読みたいと思わせるものがある。


 それを配信で視聴者のみんなに伝えたら、

『もう既に小説版出てるぞ。本編のストーリーを補完したものが1冊。ガイドブックや公式の設定本も』

 だなんて言われたから、配信を終えたら通販サイトでボタンをポチろうと思う。


 あと、主人公である女性アンドロイドがこれまた良くて。

『太ももがえっちだ』

 なんて呟いてたら、『さくたん、性天使に毒されてきたな』なんて評価をコメント欄からもらってしまった。


 いや、浮気じゃないよ。

 私には吉谷がいるんだし。


 でもそれとこれとは別である。

 吉谷の太ももも好きだけど、ゲームにはゲームで作り物としての美しさが……ってそんなこと考えていたら、会いたくなっちゃうから我慢ガマン。





 夏休み期間中、受験生であるわが身にとって休暇はほぼ皆無と言っていい状態だった。

 夏期講座期間が始まってすぐは吉谷を家に引きずり込んだり、「カラオケで勉強しよう!」と言っては休憩時間にあんなことやこんなことをしていたのだけれど。


「あんた達はもう少し自重しなさい」

 というさっちゃんからの指摘で、ふたりきりで密室での勉強会は控えることにしていた。


 流石に制服姿の時に見える位置にキスマークをつけたのはマズかったか……。


 実際それ以上のことはしてないのだけれど。

 私としてはそれ以上のこともしたいのだけれど。


 何よりうっかり吉谷の身体の見える位置につけることで、周囲の男子の目線がちらちらと向けられる可能性もあるわけで。


 それは想像するだけで何とも面白くない状況だった。

 あと、実際、吉谷の勉強を私のせいで邪魔しがちだったし。


 そんなこんなで行動を改め、受験生の私達は、夏休みが終わっても毎日真面目に勉強漬けの日々が続いている。


 勿論、大学に進学すると決めたのは自分の希望なので手を抜くつもりもないし、だからこそ生活の大部分を受験勉強に充てていたわけだけど。

 そんな、若干のストレスが溜まり始めていたなかでのこのゲームだ。


 平日は学校もあるので1時間、配信の日は2時間。土日は裏でのレベル上げも含めMAXで5時間。

 その他の時間は受験勉強をしているとはいえ、気づけば総プレイ時間は2週間で30時間を超えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る