第6話 吉谷と、布団の中で


 金曜日の夜、吉谷が私の家に来た。

 来たのはこれが初めてではないけれど、今日はいつもとちょっと訳が違う。


「有住、洗顔とか着替えとかのお泊まりセット、ここら辺に出してていいかな?」

「……ん、お好きなようにどうぞー」


 少しだけ緊張した面持ちで吉谷が部屋の隅に座り、大きめの鞄から荷物を取り出し並べていく。



 ――お泊まりである。

 お泊まり。


 吉谷との、初、お泊まりである。


 心なしか吉谷も少しいつもと様子が違う気がする。私の部屋を落ち着かない様子でキョロキョロと見回して――。


「クローゼット開けてい?」

「あ、うん、どうぞ」


 よいしょ、と言いながら私の部屋のクローゼットを開く。目の前に、衣装ケースや雑多に積まれた荷物が現れる。


 吉谷は一体何に興味があったのか、少し首を傾げた後、無表情で扉を閉めた。


「ふむ……機材とかあるかもと思ったんだけど」

「ん?いま何か言った?」


「いや、なんでもないよ」

 そう言いながら、本棚を覗いたり、私のベッドの下を覗いてみたりとせわしない。


 緊張して……るのかな?

 それとは少し違うような。


「あの、吉谷?」

「あ、ああ、ごめんごめん。なんでもないよ」


 何でもなさそうな顔じゃないんだけど……あれかな、いかがわしいものでも持っていないか彼氏の部屋を宝探しトレジャーハントする彼女みたいな。


「そんなことしなくても私には吉谷だけなのに……」

「へ?」


 なんでもないよ、と私も言って後ろから可愛い彼女をぎゅっと抱きしめる。


 あ、因みに配信機材は父親の部屋に置かせてもらっている。

 いつも帰りが遅いし、寝る部屋は別の部屋(うちの両親はふたりで寝室で寝ている)だからいいだろう、と思って本人から許可もとってある。



 もぞもぞ、と吉谷が私の腕の中で身じろぎする。

 どうしたのかと思って見つめていると、少し背筋を伸ばした吉谷が、ちゅ、と私の頬に口付けた。


 な。

「な、な、なん……」

「ん、なんとなく……」


 なんとなくでこんな可愛いことされちゃったら、身がもちません。


「そろそろお風呂入ろっか……」

 夕飯は、吉谷が家に来てすぐに一緒に食べた。

 あとはお風呂に入って、寝る準備をして、少しお喋りしてそれから――。


「有住、一緒入る?」

「なっ、はぁ!?へ、ええ!?」

「え、あ、友達とお泊まりって昔は一緒にお風呂入ったりしてたから、あ、でももう高校生だもんね。ごめんっ」


 その返答に、思わず自分の頬をひっぱたく。

 パシン、と部屋に響き渡る音に、ちょっと吉谷が引いている。


「ごめん、いま一緒に入るとどきどきし過ぎてヤバそうだから別にしよう。あなたは私の友達でもあるけど、彼女だし」と、泣く泣く正直に告げる。

 流石に吉谷の目線が痛かった。




「まぁ、そうだね。修学旅行の時、私、有住の裸、なるべく見ないようにしてたのにどきどきしちゃって大変だったもん。別の意味でのぼせるかと思った」

「……んんん」


 なんでこの子は、こんなに私の胸を鷲掴みするようなことを言うんだろう。


「よ、吉谷から先に入ってきていいよ」

 その間、少し気持ちを落ち着けたいので、なんてことまでは流石に恥ずかしくて言えなかった。





 一先ひとまず、熱いシャワーを頭から浴びる。

 あの様子では、吉谷は今夜私の家に泊まることをそこまで重くは考えていないみたいだ。


 重くってなんだ重くって。

 ひとりで自分にツッコミを入れる。


 頭から頬、髪の毛先を伝い、次々と熱いお湯が落ちていく。

 やがては排水溝へと流れていくそれを見つめながら、私が身構え過ぎていたのだと今更気づいた。


 だって私の持つその手の知識は、基本ベースが同期の性天使だ。

 持っている知識も認識もそりゃあもう偏りやすい。


 そもそも、そんな気があるかないかなんて吉谷をよく見ればわかるのに。


 あー、駄目だなぁ。


 脳内がピンクのお花畑だった先程までの自分に、嫌気がさす。

 いやでも、やっぱりある程度の期待はしたい。

 だって吉谷との、初めてのお泊まりなんだもの。




「おー、あがったか……って、顔赤くない?」

 目を丸く見開いている吉谷に、「なんでもないよ。少しのぼせただけ」と平静を装い答える。


「あ、有住のお母さんがお布団持ってきてくれたよ」

「そ、そっか」


 吉谷が笑顔で布団をぽんぽん、と叩く。


 私のベッドの横に布団が敷かれているのは、部屋に入ってすぐに目に入ったので分かっている。

 それなのに、些細なことでも嬉しそうに報告してくる彼女が可愛い。


 ていうか。

「お風呂あがり可愛い……」

「何か言った?」


 いや、なんでもないよ、と返して布団の上に陣取っている吉谷の隣に座り込む。

 今日はもう何回、お互いに「なんでもないよ」と言っただろうか。


 なんでもなくない。

 だっていま、私、こんなにどきどきしてる。



「……あゆむ、ぎゅってしていい?」


 これだけ言うのに、心臓が口から飛び出そうだった。




 ちいさく頷く吉谷をぎゅっと抱きしめ、口付ける。

 ちゅっ、ちゅっ、とついばむように続け、そろそろもっと深く――と思ったところで、パッと吉谷が顔を上げた。


「有住は、私のこと好き?」


 一瞬、何を言われたのか理解出来ないくらいには、唐突な質問だった。


 吉谷のことが好きだなんて、それこそ毎日言っている。

 当然、それは吉谷も認識しているはずで。


 でもいま聞かれているのは、少し違う意味合いのような気がした。改めて気持ちの本気度合いを確かめられているような――。


 そこまで一瞬で考えて、

「――好きだよ。誰よりも。誰にもあゆむを渡したくない」

 心からそう思ったから、そう答えた。


「ん。……それならいい。私も、有住のことが好きで」

「うん」


「大切に思っているから、有住が頑張っていることとか、大事にしていることとか、好きなことは、私も大切にしたいし、好きになりたいって思ってる」

「うん」


「有住が大切に思っている人達のことも、私は大切にしたい」

「……うん」


「でもね、それでもヤキモチを妬いちゃうことがある。人やモノや、出来事に」

 吉谷が言っていることは、分かるようでいて分からない。


 何か私は、誤解されるようなことをしたのかもしれない、と不安になる。

 吉谷が私の胸元に顔を寄せ、パジャマをぎゅっと握る。


「吉谷、あのさ」

「有住の心が、他の人にとられちゃうんじゃないかって想像するだけで、泣きそうになって、胸がぎゅっていたくなるんだ。有住は、有住にしか分からない世界を持っているから」


 そんなことを言われたら、私が泣きそうになるからやめてほしい。


「大好きだよ。吉谷以外は見てないよ」

 力任せに力を込めて、それでも足りないと、更にうんと力を込めて、吉谷を抱きしめた。


 このままじゃ私が泣きそうだ。

 こんなに言葉にしてるのに、こんなに強く抱きしめてるのに、なんで伝わんないんだバカたに


 暫くそのまま強く抱きしめ続ける。

 その間も、ずっと、「好きだよ」と囁き続けた。


 やがて、冷房の効いた部屋にも関わらず抱きしめ合うお互いの体温でじんわりと汗をき始めた頃。


「有住が私のことを一番に好きならいいや」

 と、少し吹っ切れたような表情の吉谷が、私の手を引いた。


「へ?」

 気づけば私は吉谷と一緒に布団の中にいて、

「一緒に寝よ」

 とキラキラした笑顔の可愛い彼女にそんなことを言われ、

「……はぃ」

 私は力無い声で返事をした。


 なにがなんだか分からない。

 でも今日の吉谷に「どうしたの」と聞いても多分、「なんでもないよ」としか返って来ないんだろうなと思う。


 でも何か、結構な葛藤があるんだろうなっていうのは分かった。

 そして私が不安にさせているのも。


 一旦、本人が少しでも納得できたんならそれでいいけど。

 少しでも私の気持ちが伝わったんなら。


 ――それにしても。


 そのまま手を繋いで眠ってしまった吉谷を間近で見ながら、「よく漫画でみる生殺し、ってこういうことか」と呟く私なのでした。





 第3章おわり

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 はい、全然解決になっていないけれど、第3章はここまでです。

 まだ完結はしません(笑)


 いつも拙い文章ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。

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