第4話 有住の全部は、手に入らないんだと吉谷は思う



 思えばどうして今まで気づかなかったのかと思うくらいには、もうさくたんの声が有住としか思えない。


『はぁーい、本日はこの犬養桜と!』

『さくちゃんと仲良しの聖クレアで〜?』


『『ホラーゲームをやっちゃいます!』』


『とはいえ、夜遅くまでは出来ないから、今日は早めのスタートなんだけどね』

『今日はさくちゃんが私のお家にお泊まりに来てまぁ〜す。お風呂も入ったもんね?』


『その、一緒に入ったみたいな言い回しやめてもらえませんか?』

『何よ冷たい』


『お風呂お借りしてる最中、乱入してきそうなクレアさんを押しとどめるのに骨が折れたわ……』

『……あともうちょっとだったのにぃ』


 初っ端からのお泊り発言に、コメント欄は早くも『てぇてぇ(尊い)』の嵐だ。


 凄いスピードでコメントが流れていく。

 いつもなら私もみんなと同じようにコメントするんだけど。


 今日はなんだか落ち着かない。

 っていうかやっぱ、藤原愛さんって、聖クレアじゃん……。


『あっ、さくちゃんさくちゃん。視聴者から「何で今日はお泊りなの?」って』

『えっ、それ私が説明します?』


『私が言っても良いけどぉ〜。あのねぇ、みんな……』

『私が自分で言うわよっ! コラボでホラゲすることに決めたものの、その、寝る時部屋に独りだと色々とアレだからです』


『アレってなぁにぃ〜?』

『……独りじゃ寝れなくなりそうだから』


 どれだけ可愛いのさくたん。

 しかも今はほぼ有住としても認識しているから、愛おしさがいつもの倍以上溢れて堪らない。


 なんでいまその傍にいるのが私じゃないの。


 そこまで考えてハッとする。


 例えこれが有住だとしても、ちゃんと線引きして観なくちゃ。そう思っているけれど、頭で分かっていても気持ちは別だ。


 そうこうしている間にもゲームは着々と進行していく。

 舞台は閉鎖されたとある病院をゲームの主人公達視点で探検するというもの。


『あっ、さくちゃんさくちゃん。あそこ、何か音が聞こえわよぉ。あの部屋覗いてみようよ』

『イヤです』


『大丈夫。少しだけだから〜』

『いーやーだぁー!』


『じゃあ、こうして手を繋いでおくから……ね?』

『ちょ、ナチュラルに触らないでもらっていいですか?』


『でも落ち着くでしょう〜?』

『……まぁ、うん、それはそう』


 チョロいなさくたん。分かりやすくチョロい。

 いつも通りのさくたんのチョロさに、コメント欄は更に『てぇてぇ』の嵐だ。


『俺達は何を見せられているんだ?』

『それはな?百合だよ』

『なるほどここが天国か』

『いや、ただの廃墟の病院だろ』

 そんな視聴者達のやり取りが大量にコメント欄を流れていく。


 いつもなら楽しめるやり取りも、有住が犬養桜だと知った(ほぼ確定だ)今の状況では、直視するのも辛い。


 油断すると泣きそうだ。


 あれ、これってさくたんの配信を聴き続ける限り、私はずっとこんなヤキモチを妬き続けないといけないのか。


 画面の前で頭を抱える。


『うわー……怖い怖い怖いこわい、って、ちょ、クレアさんどこ触ってんですかっ!』


 聴きたくない。

 聴きたくないけど、画面を閉じることも出来ない。


 好きだから。

 声が聴きたいから。

 応援したいから。


 まるで拷問だ。


『あっ、ここは大丈夫そう。楽勝……』

『さくちゃんそこは……』

『ぎゃー!!』


 テンションは違えど、ますます有住としか思えない。でも本人が私に言わないということは、隠したいということで――。




 いつまで経っても、有住の全部なんて手に入らないんだなぁ。

 配信を聴いてたベッドの上で、自分の枕を抱きしめた。

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