第3話 有住の、大人な知り合い



 ある日の放課後、唐突にそれは来た。


「有住ー、一緒に帰ろ」

「おっけー……っと、ちょっと待ってね、着信」


 ブルブルと低い振動音が聞こえてきて、有住が断りをいれつつスマホを取り出す。

 その間、彼女の席の前に座り、クラスメイト達に「ばいばーい、また明日」と挨拶をする。


 ふと、窓の外を見ると正門に私服の女性が立っているのが目に止まった。


 誰だろう、と目を凝らそうとした時、

「っはぁ!? え、なに、来ちゃったって、え? 学校にってこと!?」

 焦ったような有住の声が耳に届いた。



 ――ごめん、今日一緒に帰れないや。今日の放課後約束してた人が、迎えに来ちゃったみたいで。


 申し訳無さそうな顔の有住に、いいよいいよと答え、せめて校門まではと一緒に歩く。


 誰と?とか、どんな関係?どんな約束してたの?と聞いても「その、知り合いで、仲良くて」と、返ってきた返事は歯切れが悪く、なんだかはぐらかされている感があった。


 思えば有住は、私にこうした隠し事を沢山しているのかもしれない。

 ――だめだ、余計なことは考えないでおこう。


 頭の中のもやを払い、有住の隣で前を向いて歩く。


 正面玄関をでてすぐに有住が反応した。

 どうやら校門前にいた人が、その知り合いだったようだ。


「ほんとごめんねー吉谷。あっ、いたいた、クレぁ…じゃなくて、藤原さんっ!何で来る前に連絡してくれないんですかっ!!」


「あらぁ〜ごめんなさいねぇ。早く愛花ちゃんに会いたくて来ちゃった。車で来たから乗って乗って。お友達も送るわよ〜」


「あっ、いえ、私は……」


 すっごい美人に突然話しかけられ、びくりと反応する。

 少しウェーブがかかっているロングの栗色の髪、色白の肌にぱっちりした目、服装も大人っぽくて何だか色気が凄い人だなぁと思った。


 人前で大声で怒鳴る有住にも驚いた。

 いや、本当に怒ってるわけではなくて、仲がいいから気安く怒ることができてる感じ。


 普段は私達グループにしか見せない、感情をあらわにしている有住。


 でもなんだかこの藤原さんというお姉さんと話す有住は頬をぷくっと膨らませていて、

「ちょ、吉谷にちょっかい出さないでくださいよ!」

「なによぅ、ちょっと送るって言っただけじゃないのよ~」

 甘えている感じだった。


 んー、なんだかちょっともやっとする。


「ごめんね、吉谷。この人は藤原愛さん。私の知り合いで、今日は一緒に出掛ける約束してるんだ」

「あ、そ、そうなんだね」


 聞きたい事は本当は沢山あるはずなのに、喉の奥で引っかかって出てこない。


「あ、そっか、この子が吉谷さん」

 先に興味を示したのは向こうだった。

 まじまじと私の顔を覗き込んできて、吐息がかかりそうなほど至近距離からの眼差しに、思わず赤面して目を逸らしてしまう。


「…吉谷に近寄らないで」

 ずい、と有住が私と藤原さんの間に無理やり割り込む。

「あらぁ~、余裕ないわねぇ~……ね?」


 そう言うと藤原さんはおもむろに有住の顔に触れ、くい、と顎を上にあげた。

「好きな子をあんまり束縛しちゃダメよ?」

 言い聞かせるように、甘い声で呟く。

 その光景に、ガン、と頭を殴られたような衝撃が走る。


「……っわぁー」

「あれって有住さんと吉谷さん?」

「あの美人な人誰だろ、お姉さん?何してんだろ」

 下校していく周囲の生徒達がその光景に顔を赤らめ、私達をちらちらと見ながら校門から出ていく。



「えっと…それで、今日ふたりはこれからお出掛け…なんだっけ」

 はやくふたりに離れて欲しくて、話を振る。


 そうすると藤原さんは、ふふっと笑いながら「今日はお泊りだもんね~?」と有住から手を放して答えてくれた。


 そうか、お泊りか、お泊り……え?


「……」

「お、お泊りっていうか、ちょっとすることがあるっていうか、お泊りはついでっていうか」

「いや~、口説き落とすの大変だったわぁ。いつもお泊りだけは嫌がるものね」


「ちょ、ちょっと」と有住が上擦った声で藤原さんに詰め寄る。

 そんな光景すら、ちょっと今は直視できない。


 ふと見ると、藤原さんは気遣うような優しい目で私を見ていることに気づいた。

 何が何だかよく分からないけど、たぶんこの人自体は、敵じゃないような…気が…する。


 それでも目の前でこんな親密な空気を出されて、こんな警戒心を解いた有住を見せられて、

「じゃ、じゃあ、吉谷、また明日ね……って、どうしたの」

「……私も、こんどお泊りする。……ありずみと」

 対抗心が湧いてしまった。


 有住は私の彼女だから。


 藤原さんが、口元を抑えている。

 物凄くにやけているのが分かった。


 やっぱりこの人は、たぶん嫌な人ではない…んだと思う。

 人を揶揄うのが好きって感じ。

 この短時間でも分かった。

 それでも油断できないけど。


「よ、吉谷、いいの…?」


 何故か戸惑った様子の有住が何度も何度も「ほんとに、ほんとにいいの?」と聞いてくる。

 お泊りってそんなにハードル高いものだっただろうか。


 その後は、何度も私の意思確認をしてくる有住を見かねた藤原さんが「いくわよ~」とずるずる彼女を引きずり連れて行ってしまった。

 去る間際、振り返って私へ目配せをし「ちょっとだけ、彼女借りるわね」とウインク。


 思わずこっちがどきりとしてしまった。

 それを見た有住の不機嫌なこと。


 引きずられながら、私と藤原さんを睨み、「吉谷に色目使わないで!あの子は絶対あげないから!」とぶつぶつぶつぶつ呟いたり、叫んだり。

 ここ外なんだけど。しかもかろうじて学校の敷地内なんだけど。


 取り残された私は嵐が過ぎ去った後のように静まり返った辺りを見回し、校門を出る。


 そこで気づいた。

 ――今日は犬養桜と聖クレアのコラボ配信の日だ、と。

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