第3章
第1話 吉谷、とける
有住に触れられると、そこから麻薬でも注入されたように頭がぼうっとなって、全てのことがどうでもよくなってしまう。
あるのは柔らかい唇が触れる感覚と、さらりと私の頭を撫でる優しい手と、目を開けると間近に見える綺麗な顔。
顔が火照って、身体の奥の何処かがなんだかむずむずしてきて、もっともっとと彼女のことが欲しくなってしまう。
触れるだけのキスやスキンシップですらこんなに頭が沸騰しそうで仕方がないのに、これ以上先に進んだらどうなるんだろう。
その先のことを考えると、ちょっとこわい。
「吉谷、いま他の事考えてたでしょう?」
放課後、ふたりしかいない私の部屋でキスをした後、有住は急にそんなことを言い出した。
問いかける有住の目は、笑っているけど笑っていない。
ちょっと不安そうな、何かを疑うような目で私の目を覗き込む。
「ごめん。ちょっと考え事」
「…誰か他の人のこと考えてたの?」
「ちがうちがう、全然他のことだよっ!」
繋いでいたその手を、強く握りしめて否定する。
有住はたまにこんな風に、存在しない誰かに分かりやすくヤキモチを妬く。
そんな独占欲や、彼女から感じられるちいさな焦りが、ちょっと、いやかなり、恋人としては嬉しかったりする。
だからってわざわざ不安にさせるようなことをするつもりはないけれど。
でもそういや、あのファミレスのお姉さんのことをさくたんだと勘違いしていた時は、凄く怒っていたけど、不安そうでもあったな。
そうやってこれまでにも、知らない間に有住のことを不安にさせていたのかもしれない。
「なんか、今日はぼーっとしてるね」
え、そうかな、と答えたものの、自分でもぼんやりしているのは分かっているので、それ以上の否定の言葉が出てこない。
「考え事ってなに?私に言えないようなこと?」
「んーー……、たぶん、今は」
有住は、そっか、と少し寂しそうに溜息をつくと、じゃあもっとこっちに来て、と更に私を抱き寄せた。
有住に後ろから抱きしめられるかたちで座り込む。
目の前にはローテーブル、すぐ後ろには有住と、その後ろには私のベッド。
いつまで経ってもこのスキンシップに慣れないんだけど、有住はどうなのかな。
「ねぇ、もし悩みがあるなら、言ってね……」
悩んでるって思われてるのか、ああ、でもこれ、確かに私は悩んでるのかな。
背中と肩に有住の体温を感じて、また身体が火照ってくる。
さっきまであんなにがっついてキスしてきたのに、今度はそのまま動かなくなってしまった。
たぶん、気を遣われているんだと気づいたのはそれから数十秒たっぷりたった後で。
「あっ、あのさ、そんな深刻なものじゃないからっ!いつも通りにしててよ」
慌ててそう取り繕うと、「…ほんとに?」と不安そうな顔で返された。
可愛いなぁ、そして優しいなぁ、私の彼女は。
「うん、大丈夫だよ」
そう言って少し後ろを振り向いて頭を撫でると、安心したように笑ってぎゅっと強く抱きしめられた。
「吉谷、好きだよ」
「……っ、あ、う、うん」
恥ずかしくてまともに返事も出来なくなる。
さっきまで私を抱きしめていた有住の手は、ゆっくりと私の足や腹部を撫で始めた。
くすぐったいような、もっとして欲しいような、びりびりと甘く痺れるような感覚が、脳髄を刺激する。
「好き、すきだよ」
ちゅっ、ちゅっ、と私の頬や耳たぶへとキスを落としてリップ音をさせながら、有住が囁く。
有住に触れられたところが、どんどんどんどん熱くなる。
びくり、びくりと時折震えてしまって、視界が揺れる。
何に悩んでいたのか、何がそんなに引っかかっているのか、自分でもよく分からなくなってくる。
溶けそうになる意識の中で、その「悩み事、考え事」が消えないように、忘れないように手を伸ばして、緩く手繰り寄せる。
「ありずみ、わたしも、すきだよ」
好きだよ。だから、どうしていいか分かんないんだ。
――有住ってもしかして、犬養桜なの?
だなんて冗談みたいな事、今日も聞けないまま、目の前にいる有住でいっぱいになった。
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