第4話 常盤部長と、春季公演PR



「やっぱり違うと思う」

 お昼休みに入ると早々に、あゆちゃんが私の席に来てそう言いました。

 手にはお弁当箱を持っているので、有住さん達の席に向かう途中で立ち寄ったのでしょう。


「違うって、何が?」

 何となく話の内容は分かっていますが、ちゃんと聞かないと誤解が生じる可能性があるので敢えてとぼけます。


「あのファミレスの人。なんかこう…声とか話し方は似てるって思ってたんだけど…」

「だけど?」


「声を聞いた時のどきどき感とか、胸がぎゅっとなる感じとかがちょっと違うなって。配信の声ともその場でイヤホンして聴き比べてみたんだけど、やっぱりちょっと違ってた」


 そう話すあゆちゃんは、ちょっとしょんぼりしています。

 あゆちゃんの犬養桜好きはかなりのものだと、段々分かってきました。

 有住さんはよく耐えられるなと感心します。


 普通、自分が別名でやっている何らかの活動をクラスの子が観ていて、しかも自分だと知らずに目の前で褒めちぎったり愛を爆発させているなんて、恥ずかしくないはずありませんから。


 あゆちゃんが話している時に時折有住さんが咳き込んだり、赤面したりしているのはおそらくこういうことなんだろうなと思います。


 だって普通、自分に対して「声を聞いた時のどきどき感とか、胸がぎゅっとなる感じとかが…」だとか、「さくたんほんと良くてさ…。この間の配信では…」なんて、大好きだという感情全開で真正面から言われて正気を保っていられます?


 結局のところ、あゆちゃんはただただ有住さんが好きなんだろうなと思います。


 うん、興奮してきました。


 私の目線の先、あゆちゃんの背後では、何故か有住さんや村山さっちゃんさん、水上洋ちゃんさん達が、教室に突撃して来た常盤部長に絡まれています。


 この間の春季公演PRの件でしょうか。そういえば、今日はそのPRの第1弾でお昼休みに校内放送をするとか言っていたような。


「嫌ですっ!」

「そこをなんとかっ!」


 何だか言い争いになっています。

 そういえば、有住さんにPRを手伝ってもらえばいいのでは、と提案したのは私だった気が……。


「……」

「ゆうちゃん? どうしたの? 」

「あ、いや、それより、あゆちゃん後ろ…」


「やっぱさ、いくら好きだって言ってもそう都合よく本物の推しVtuberが近くにいるはずないんだよね…」

「そうだね、あゆちゃん、あの、後ろ……あれ、助けた方がいいんじゃないかな…」


 そうこうしているうちに有住さんは村山さん達の努力も空しく、常盤部長に羽交い絞めにされて連れ去られていきました。

 一所懸命引きとめていた村山さん達は、呆然としています。


「あれ? 有住いないや。トイレかな?」

 ようやく振り返ったあゆちゃんは呑気なものです。

「常盤部長に連れ去られたよ」と伝えると、「うわ~ 、私あの先輩苦手…。有住、ご愁傷様です」と実に薄情なコメントで終わりました。


 それからは、あゆちゃんは村山さん達と合流し、私もクラスの子達とお昼ご飯を食べ始めました。多少、連れ去られた有住さんが心配ですが。




 ご飯を食べつつ友達と話していると、唐突に『ガガガッ…ピーッ…』と教室のスピーカーから雑音が流れ始めました。


『…もうこ……今回限りで…目立ちたく…ので』

『分かった…約束……ら』

 雑音混じりで音声もちいさいので聴こえにくいのですが、どうやらマイクをオンにしたまま、まだ小競り合いをしているようです。


 何だろう。有住さんかな。


 教室の皆も突然流れ始めた雑音に、しん、となり注目しています。

 やがて、校内放送が始まりました。


『はい!皆さんこんにちは!3年2組、演劇部部長の常盤です!今回は私達演劇部春季公演のご案内で――』

 勢いよく常盤部長が話し出しました。

 やはり春季公演のPRだったようです。


 あれ、ということはやはり。


『で、ここからは昨年、我が校でミスコン1位に輝いて演劇部の秋季公演で主役を演じた有住愛花さんをゲストにお招きしています』


「うお、すげ」

「有住さん!?」


 クラスの皆が色めき立ちます。

 有住さんは普段、クラスで目立つのを徹底的に嫌がるタイプの人なので。


 見ると、あゆちゃんはきょとんとしていました。

 まだ状況についていけてないようで、その表情はまるで赤ちゃんのようです。


 そして、やがて――。


『こんにちは。2年1組の有住愛花です。短い時間ですが、宜しくお願いします』

 すらすらと、半ばヤケクソでテンション高めの有住さんの声がスピーカーから流れ始めました。


「うおおおお!!!」

「有住さん声ヤバッ!」

「まともに喋ってるの初めて聴いたっ!」


 教室の興奮度合いが高まっていきます。

 いま目の前に皆の興奮度合いが分かるバロメーターのようなものがあれば、目盛りが凄い勢いで振り切れていくのが分かるはずです。


『有住さんは、去年うちの劇に出てくれたよねー、どうだった?』

『そうですね。思い出すだけでも恥ずかしくなります…。演目はシンデレラで、私がシンデレラ、友達で…もうひとり一緒に参加した子が王子様役だったんですけど…』


『けど?』

『最後に王子様役の子が、シンデレラじゃなく私の名前を呼んじゃって。しかもそれが告白のシーンで…』


『あれはオイシかったわねー』

『ヒドいですよ!ただでさえ劇に出るってだけでもう限界だったのに、最後の最後であんな…、何で最後実名で告白されなきゃいけないの、って』


『あはははは』


 常盤部長の笑いと同じタイミングで、教室でもどっと笑いが起きました。

 普段の有住さんだと皆の前でこんなにテンポよく話すことはないだろうから、皆も夢中になって聴いています。


 まるで雑談配信みたいで、流石だなぁと思います。

 マイクを通すと途端にスイッチが入るのでしょうが、これだと本当に犬養桜の雑談配信をライブで聴いているような気がしてきます。


 そう、犬養桜の――。


 そこまで考えて、私は慌ててあゆちゃんの姿を探しました。


 ――そこには、校内スピーカーを見上げたまま口をポカンとあけて固まっている、あゆちゃんの姿がありました。






さて、ここ最近起こった出来事に対する私の回想はここまでです。

この後ふたりがどうなっていくのか、私は気が気ではありません。


私は陰ながら百合を愛でる壁…天井…観葉植物…にでもなったつもりで、今後の関係性を観察し、記録し、たまにふたりのお手伝いができればと切に願うばかりです。






第2章おわり

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第2章は、短いですがここまでになります。


吉谷はこの時何を考えていたのでしょうか。

さて、次回からは第3章になります。


ここまでお読み頂きありがとうございました。

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