第3話 あゆちゃんと、持つべき危機感
「吉谷、今日もあのさくたんかもしれない人がいるファミレス行くの?」
「え?今日は行かないよー」
「……あっそ、じゃあ今日は私の家来ない? バイトないでしょ?」
移動教室で歩いている途中、目の前を歩くふたりの会話が聞こえてきます。
何のことはない普通の会話のはずなのに、あゆちゃんはほんのり頬を赤らめ、ゆっくり頷きます。
一体、お互いの家で何をしているのでしょうか。友達の家で頬を赤らめるような遊びってあるのでしょうか。
そんなことを部外者の私が考えるのは下世話な話です。なので、これ以上の余計な妄想は控えます。その辺りは私だってちゃんと
ええ、そうですとも。
……。
………。
「あ、私お手洗い行ってから次の教室向かうね。吉谷達先行ってて」
そう言うと、有住さんはお手洗いに入っていきました。
そのタイミングで、すっとあゆちゃんの隣に立ち「有住さんのお家でいつも何して遊んでるの?」と聞いてみました。
聞いただけです。聞いただけ。
これはあくまでクラスメイトとしての普通の会話です。
でも、途端にあゆちゃんはボンッと音がしそうなくらいに顔を真っ赤にした後、「ななななな、何にもしてないよっ! あの、ほら、お喋りとかっ! なんか、そういうやつっっっ! 」と捲し立てました。
ただのお喋りで、人は顔を赤くしません。
少なくとも私のなかの常識では。
「あっ……ふぅん」
「な、なにかな? 」
まぁ、えっちな妄想はさておき、有住さんは自宅に配信機材とかあると思うのですが。
「有住さんのお家に行く時って、いつもお部屋に行くの?」
「え、あ、う、えと、リビングが多いかな。なんか部屋の片付けが大変?って言ってた」
お母様が習い事してる日は帰りが遅いから、リビングでお喋りをしているのだとか。お母様がいる時はお部屋になるのだそう。
私は詳しくないのですが、セッティングしている配信機材を人目につかないようにいちいち片付けるのって、本当に大変そうです。
――そう考えると。
「有住さんは、あゆちゃんのこと大切にしてるんだね」
そう言うと、あゆちゃんはちょっと狼狽えました。
「あ、え、な、何のこと…かな?」
「ううん、何でもないよ」
「あ、そ、それよりゆうちゃん、さくたんの配信観てくれた? 」
少し考えた後に、答えます。
「あ、んー、実はまだ観てなくてさ、観たら言うね!」
配信を観たということがもしも有住さんに知られたら、彼女を不安にさせるかもしれません。
私は咄嗟に嘘をつきました。
そういう嘘も、時には必要だと思うのです。
まぁ、今はそれより。
「そういえばさ、あゆちゃん」
「ん?」
「あゆちゃんは、クラスの男子達が結構、有住さんのことちらちら見てるの気づいてる?」
「へ?」
正確には、" ふたりを " 見てるんですけどね。
彼女達が戯れてる様子は、目の保養になるので。
でもそんなこと教えてあげません。
「ただでさえ有住さんって美人で人気だからさ。そのうち告白する人も出るかもしれないね」
「……」
だからこそ本当は、犬養桜イコール有住さんと気づいてしまうような人が出ないように、あゆちゃんも布教には気をつけた方がいいと思うんだけど。
そこまで言えないのがもどかしいです。
ああ、でもこれだけは言っておかなきゃ。
「そういえばさ、あのファミレスの" さくたんの中の人 " って本当に本物なのかな。配信聴きながら比べてみたいね!」
わざとらしかったでしょうか。
でも流石に、自分の声を他人と間違われている有住さんの気持ちを思うといたたまれないので、ここまでのお節介は許して欲しいと思うのです。
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