第2話 有住さんと、犬養桜

 あゆちゃんと別れ、自宅に帰った私は早速スマホを開きました。動画アプリを起ち上げようと画面を見ると、通知がぴこんと光っています。


 メッセージの主は常盤部長です。

 演劇部のメッセージグループに投稿されたその内容は、部の春季公演PRについての相談でした。


 春季公演は、新入部員獲得のための方策も兼ねています。私は、逡巡した後、アイデアをグループに投稿しました。


『確か有住さんが " 春季公演、興味あるみたいなのでPRに協力してもらうといいかもしれないです " …っと』

ポチポチポチポチ…。送信。


 そうメッセージを打ち込み、送信すると常盤部長や他の部員から歓喜のスタンプが連投されました。


 有住さんって、本当に結構人気あるんだよなぁ。


 彼女がなんとなく他人と話すのが苦手なのは、見ていて分かります。美人でとても不器用だから遠巻きに見られることもあるようだけど、でもそれはどちらかというと周りの人が尻込みしている印象です。


 つい最近なんて、友達から「有住さんとこの間話してなかった?いいなぁー」と羨ましがられました。皆、話しかけていいのか分からないのだそうです。


 確かに、有住さんはちょっと無愛想なところはあるので、周りの人だけが悪いわけでは無いと思います。


 私も同じクラスになるまで、仲の良い人達と話す時の柔らかい声とか、あゆちゃんに向ける優しい笑顔にお目にかかることはありませんでした。


 そして有住さんがごくたまにふふふ、と楽しそうに声をあげて綺麗な顔で笑う時、クラスの男子達が胸を押え、打ち寄せる波が過ぎるのを耐えるかのようにじっとしているのを見かけます。


 あゆちゃんは、もっと身近なところにライバルになりえる人達がいることを自覚した方がいいと思います。



 さて、そうこうしているうちに少し時間が経ってしまいました。


 今度こそ動画アプリを起ち上げた私は、まずは犬養桜の最近の雑談配信動画をひとつタップしました。


綺麗な声とテンポの良いトークや、視聴者のコメントととの掛け合いがなかなか面白いです。



 ――でも。

 犬養桜の雑談配信を聴いていて、とある疑問が浮かびました。


 私はこの声、話し方を聴いたことがある。


 んんん、と頭を捻りながら思考の奥にいる人物を探し当てます。――もしかしなくてもこれ、有住さんでは?


 そう思いながら聞くとますます有住さんとしか思えなくなってきました。遠巻きに見ているだけだったら気づかなかったかもしれません。


 でもこの間、本人と喋ったばかりだし。

 この声質とイントネーションは有住さん…だよね?


 え、これであゆちゃんは気づいていない?

 え、ほんとに?


 犬養桜にあゆちゃんがハマり始めたのは高校入学と同時らしいので、同じ時期に出会った有住さんとは声は似ててもハナから別物として認識しているのかもしれません。


 あゆちゃん、肝心なところで鈍いとこ、変わってないんだな…。



 これは見過ごせません。

 取り敢えず、クラスの子達にむやみやたらと布教したらマズい、ということだけは分かりました。


 そういえば、有住さんが先日、私とあゆちゃんの会話に割って入ってきた時も、確か犬養桜の話しをしていました。


 と同時に、有住さんが怒っている理由もなんとなく分かりました。


 となると次に私が考えるのは、あゆちゃんにこのことを明かすかどうかです。


 ――でもあゆちゃん、嘘つけないからなぁ。すぐ顔と態度に出ちゃうし。


 私は考えを巡らせました。

 人知れず、有住さんを助けよう、と。


 ふつふつと、私の中で同人誌活動へのエネルギ……。いや、クラスメイトを助けることへの使命感が湧いたのでした。

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