第2章

第1話 あゆちゃんと、ファミレスにて



「もしかしたらさ…私、さくたんの中の人と、会っちゃったかもしれない」


 私の目の前でポテトフライを握りしめたあゆちゃんは、神妙な面持ちで、声を潜めてそう言いました。

「え?」

 私が返した第一声はそれだけでした。





 こんにちは。

 宮城優子みやぎゆうこです。


 あゆちゃんと同じクラスで幼馴染です。演劇部で脚本を書いています。

 趣味は二次元。休みの日には二次創作小説やオリジナルの小説を書いたりなんかしています。


 え、どうしてこんな語り口調なのかって?

 特に大きな理由はありません。


 強いて言えば、作者の気まぐれ…ゴホン、ではなくて、私の幼馴染である吉谷歩(あゆちゃん)、とそのお友達の有住愛花さん、このふたりを観測し、見守り、そして私の心の中に記録したログのようなものを皆さんは覗いている、と考えてくれれば良いのではないかと思います。


 実際、ここ最近のふたりに起こった出来事を、私は日記に記録していますし。


 そう、その出来事を誰かに聞いて欲しいし、でもむやみやたらに他人に言っていい事でもないので、こうして “ 誰か ” に語りかける口調で私は話している、ということにしていてください。


 ここから少し、長いお話になります。

 ――それでは、始めましょう。




 話は冒頭部分の私とあゆちゃんとの会話に戻ります。


 ――さくたんの中の人と、会っちゃったかもしれない。


 あゆちゃんは、そう言いました。

 放課後のファミレスで、この場にいるのは私とあゆちゃんのふたりきりです。


 あゆちゃんは、何故か周りの人の目を気にしてきょろきょろと目を泳がせています。その様子も不審だし、私には他にもあゆちゃんに聞いておかねばならないことがありました。


「あゆちゃん、その……さくたんって、誰だっけ?」

「えーっ! ゆうちゃん、話そこからなの!?」


 そうして、改めて私はゆうちゃんに大好きなVtuberがいること、そしてその名前が犬養桜で、愛称が “ さくたん ” であることを聞きました。そしてそのさくたんの話をすると有住さんの反応がおかしくなるのだということも。


「さっちゃん――ああ、同じクラスの村山紗智ちゃんのことなんだけど、さっちゃんが言うには、有住もさくたんのことが実は好きで、照れ隠し、って言ってたんだ。けど、どうもそういう風には見えないんだよね」


 まあいいけどね、とあゆちゃんは言いました。


 あゆちゃんのお話には、結構な確率で有住さんが出てきます。

 同じクラスになって数か月、あゆちゃんとは所属する女子グループは異なるものの、空いた期間を埋めるように沢山のお話をしてきました。


 小学校の時の思い出話、あの時の友人たちはどうしているのか、誰と連絡を取っているか、昔通ったあの駄菓子屋や文房具店は今どうなっているのか。

 話す内容は昔の話が主でしたが、それでも今の話もします。


 そんな時にあゆちゃんの口から出てくるのは大体が「有住が…」というものでした。


 大好きなんだなぁ。

 そう思います。


 でも本人につい、それを言ってしまうと、「あ…、う…、べ、別に…好きじゃ…、すき、だけど」 なんて言って頬を赤らめるものですから、こちらが赤面しそうになります。

 素直過ぎます。


 それこそ、そんな返答を誰かれ構わずしてしまうと、私のような高性能の百合好きレーダーを持っている人以外にも「あれ?あれあれ?」と思われかねません。

 心配です。


 でもそのお陰で私の同人誌ネタはここ最近、尽きることを知りませ…


 話が逸れました。

 戻ります。


 さて、今現在、私達はファミレスにいます。

 ちょうど私達が座っている座席に、店員さんが私の注文したパフェを持って来てくれました。


「お待たせしました!こちらイチゴのパフェになります。ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

「ありがとうございます。では、ごゆっくりどうぞ!」

 そう言うと、花が開くようににっこりと微笑んで、戻っていきます。


 とても愛想の良い女の子です。

 おそらく歳は近いかなと思いますが、にこにことした笑顔が可愛いらしく、こちらもつられて笑顔でお礼を言って受け取りました。


 店員さんがけるのを待って、あゆちゃんが「どう思う?」と私に問いかけます。

「どうって、何が?」と私は答えます。


「今の女の子だよぉー!さくたんの声に似てないかってこと!」

「え、えぇ~~。あゆちゃん、そんなの分かんないよ。私、だって配信聴いたことないもん…」


 私はつい先程、改めて犬養桜のことをちゃんと認識したところです。

 そしてまたそんなこと、忘れちゃいそうなくらいどうでもいいです。


「そういえばそうだったよね…。周りの皆にも言ったんだけどさ、さっちゃんは顔を引きらせるし、洋ちゃんは全く興味なさげだし、有住は…なんか、凄く怒っちゃうし…」

「え、なんで有住さんは怒ったの?」


「分かんない……でも絶対なんか怒ってるんだよね…。口はきいてくれるけど、顔に “ 怒ってます ” って書いてある」と呟くあゆちゃんは、見るからにしゅんとしています。


「何か他のことでやらかしちゃったとか…ないの?」

「皆そう言う…けど、思い当たることないし…」


 ちょっと心配です。

 ふたりの間に亀裂が入ってしまっては、今後の私の同人活動…ゲフン、友人としてとても心配です。


 まぁでも、それはおいおい考えるとして。

「そういえば、あの可愛い店員さんがその、犬養桜じゃないかって思ったのはどうして?」

「それは、声質とか丁寧な喋り方とかでなんとなくかな」


 ふぅん――、そう相槌を打ちながら、先ほどの店員さんを目で追ってみます。

 ネットで活躍しているVtuberがこんな身近なところにいる――そんなこと、なかなかあることではありません。


 あ、でも――。


「でも、私はなんとなく有住さんの声にも似てるな、って思うな。あの人。有住さんも声、凄い綺麗だよねぇ」

 思わずそう言うと、話を逸らしたばかりだったのにまたあゆちゃんは有住さんを思い出してしょんぼりとしてしまいました。


 やっちまいました。


 うーん、有住さんとの仲を取り持つのは私の仕事ではないからどうにもできないけれど、せめてあゆちゃんの悩みには寄り添いたい。

 家に帰ったらその犬養桜とやらの配信を真面目に観て見るか、と決意しました。


 そしてこの後、帰宅してしばらくして配信を聴いてみた私は、重大な事に気づいてしまうのです。




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 今回、この章の執筆に伴い、第2節のプロローグを修正しました。

 この章は、終始、ゆうちゃん視点で進む予定です。

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