第5話 有住愛花と、新規課題

『なんか今日のさくたん、絶好調じゃね?』

『ていうか最近、回しが良くなったと思う。他のライバーのこともよくみてる』

『分かる。さすが犬養』


 特別企画の配信を観ていて、(事前収録だから私も配信時に視聴者として観ることができる)コメント欄にそんな言葉が流れていくのを見つけた。


 しかも結構そんな感想を抱いている人が多いらしくて、嬉しくなると同時にホッと胸を撫で下ろす。

 肩の力が少し抜けた気がする。


 特別変わったことはあまりないんだけど、強いていえば意識が変わった。


 みんなで楽しもう。

 その場その場の空気感を私達が楽しんで、視聴者にも楽しくなってもらおう。


 強く、そう思うようになった。


 そうしたら、これまでやみくもに観ていた出演者の配信も、見る目が変わった。


 この人ってこういう話題だとこんなにイキイキするんだとか、こういう他者との関わり方が好きな人なんだとか、その人自身を知ろうと思うようになった。


 私の役割は、色んなライバーさんの魅力を引き出しつつ、出演者にも視聴者にとっても楽しめる配信にすること。


 人混みのなかでイヤホンで聴いていても、思わずクスッて笑っちゃうような、ニヤッとしちゃうような、そんなに配信にするんだ。


 大丈夫、できる。


 画面を観ながら、ちいさな手応えを噛み締めた。






「いやぁ、やっぱりさくたんは流石だと思う」

 朝っぱらから、私の席に座り込んだ吉谷が腕組みをして、そう頷く。


 配信翌日の朝。

 教室に入ると私の席に吉谷が勝手に陣取っていた。何があったのかと思えば、先の言葉だ。


 この前の吉谷の分析で言っていた、"今後に期待" の部分に少しは応えられたんだと思う。


 思わずニヤけそうになる表情筋にグッと力を入れ、耐える。


 登校して早々、吉谷と絡めたのは嬉しいし、昨日の配信を褒めてくれたのも嬉しいのだけれど、私の席からは退いてほしい。


「あの、吉谷、それは分かったから」


「やっぱさ、さくたんも悩んでたと思うんだよね。本当に真面目な性格だからさ。それでいて悩んでることを表に出すような人じゃないし」


「……」


「きっと人知れず色々ひとりで考えて、試行錯誤してたんじゃないかなと。そしてそれは今現在もで……って、うわ、どうしたのいきなり」


「……別に。吉谷のこと、好きだな、と思っただけ」


 吉谷が焦って声をあげる。

 私が彼女の頭を唐突に撫でたからだ。

 そしてその後の私からぽろりと出た言葉に、みるみるうちに赤面していく。


「なっ、なっ、な……!?」


「吉谷がさくたん好きなのは分かったから、私のことも見てよね?」


 そう意地悪くからかうと、「見てるよ…見てる……。いつも有住のことばっか考えてるし……あぁぁぁもう!私、席に戻る!!」と逃げ出してしまった。


 クスクスと笑いながらその後ろ姿を見送ると、席に戻る道中で「あ」と何かを見つけて方向転換する。


 この狭い教室で、よくもまぁこんなにコロコロと興味が入れ代わって動き回れるものだ。

 感心しながら眺めていると、吉谷はこの高校で久々に再開したという幼馴染の元へ駆け寄っていった。


 宮城優子さん。

 少しおとなしめに見えるけど、以前一緒に劇をやった時の感じだと好きな事に対する情熱が凄くある人だ。

 性格の良さも、見ていたら分かる。


 もっと話せるようになりたいな、とか仲良くなれないかな、と思っている人のひとりだ。


「ゆうちゃんゆうちゃん、あのね」

 ほら、今も吉谷の声掛けに、にこにこしながら「おはよう。あゆちゃん、どうしたの?」と優しく返している。


 ――ちょっとヤキモチ妬いちゃうな。いいな、幼馴染。


 思わず眉間に皺が寄りそうになるのを堪える。

 駄目だ駄目だ。

 例え吉谷が他の人とどんな話をしても私には関係は――。


「あのね。ゆうちゃんてVtuberって知ってる? 私いま犬養桜って子にハマっててーー」


「よしたにぃー!!」


「うわっ、びっくりした。え、え?なに?どうしたの?」


 慌てて吉谷のもとに駆け寄り、その首根っこを掴む。ヘタに犬養桜をクラスの子に布教されたら、私の身バレがしやすくなってしまう。


 そう考えて思わず衝動で吉谷を捕まえたのはいいものの、どうしたもんかと思っていたら、ちょうどさっちゃんが登校してきたので無言で差し出してみた。


 いま学校に来たばかりのさっちゃんは、状況を分かっていないはずなのに、「よしよし、吉谷こっちにおいで〜」と回収してくれる。

 物分かり良すぎないか、さっちゃん。


 わけも分からずそれについて行く吉谷も、まるで赤ちゃんのようだ。


「あ、有住さん、また私何かしちゃったかな……?」

 ハッとして振り向けば、しゅんとした顔の宮城さんが縮こまっている。

 その様子に途端に罪悪感がこみ上げてくる。

 全部、私のせいだ。


「あ、ご、ごめん、そうじゃなくてさ、吉谷が……」


「あ、大丈夫だよっ!あゆちゃんは、有住さんのだって私、わかってるから!」


「んんん?」


 それはどういう意味で――?

 そう問いかけようとするも、まるで大好きな推しカップリングを目の前にした時の北斗先輩(百合豚さん)ようにキラキラした目をしだす宮城さんに、深堀りする気が削がれる。


 聞いちゃいけない気がする。

 何だか北斗さんと似たニオイがする。


「あ、あはは。兎に角ごめんね。あの子、ハマってるVtuberがいるらしくて、誰彼構わずオススメしちゃうんだよね」


「ああ、えっと…確か、いぬ…かみ…?」


「う、うん!そうそう!いぬかみ?だったかなっ!私もよく分かんないんだけどっ!もう忘れていいからっ」


 いぬかいだよー!

 と遠くから吉谷が叫ぶ声が聞こえ、思わずチッと舌打ちをしてしまう。

 あの子のさくたん愛も、少し考えものだ。


 まぁ、配信中は声色もテンションも結構違うから、ちょっと聴いてみただけではバレないとは思うけど。


「あ、ありずみさん…?いま、舌打ち……」


「え?してないよ? ――あ、それよりまた演劇部で講演する時があれば教えてね」

 途端に、宮城さんの目がキラキラと輝きだす。


 素敵な人だなぁ、なんだか踏み込み過ぎちゃいけない危うさも感じられるけど。


「うん!また有住さん達にも是非出てほしいと思っていて」


「あ、いや私は」


「常盤部長も喜ぶだろうなぁー」


「宮城さん、ちょっと私の話を…」


「…同人誌のネタにもなりそう」


「ん?ごめんね、聞こえなかった」


 ああ、こっちの話だよ、と宮城さんが慌てだしたタイミングで先生が入ってきたので、私も席に戻る。


 吉谷はジトッとした目で私と宮城さんを見ていた。


 取り敢えず、ここ最近の悩みは解消されたわけではないけれど、解決できそうな課題へと変わった。

 あとは楽しんで努力していくだけだ。


 それにしても…。

 あの、好きな事の話になると周りが見えなくなるところ。


「…うん、やっぱり宮城さんは、吉谷の幼馴染なんだな」


 高校最後のクラスも、楽しくなりそうだ。






第1章おわり

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