第3話 有住愛花は、焦る


 私に魔法や超能力みたいなチートスキルがあれば。

 なんてことを、たまに思う。

 まるで異世界転生した主人公が、転生先の世界でヒーローになるみたいに。


 ――そんなうまい話が、あるはずもなく。


 動画を観る。

 ラジオを聴く。

 テレビを観る。


 ここ最近、私が繰り返し行っていることだ。

 目的は自分のMCとしてのスキルを上げるため。


 ラジオのパーソナリティや司会者が、どんな話し方や回し方をしているのか知りたくて、ひたすら聴いているのだ。


 テレビのバラエティ番組なんて、リアルタイムで久々に観た。

 気になる番組やドラマがあるとしても、部屋にテレビが無いからいつもネット配信で観ていたんだよね。


 リビングでテレビに張り付き、適当に番組表を開いてザッピングしながら色んな番組を覗いてみた。いつもはこんなことしないから、母にも「珍しいわね。あいがテレビをそんな熱心に観るなんて」と言われた。


 つまりはそうするくらい、ちょっと今、焦っている。


 あー、この世界がゲームだったらなぁ。

 そうすればただ黙々と何かしらのクエストやミッションをこなしていくだけで、自然とレベルが上がっていくのに。

 セーブもできるし。


 そんなことを考えても、現状は何も変わらないけれど。


 むくりと、先程まで机の上に投げ出していた身体を起こす。

 目の前にある自分のパソコンで今まで観ていた動画を閉じ、ホーム画面に切り換えた。


 ずらりと並んだ動画のサムネイルを眺め、どうしようかと頬杖をつく。


 MCは楽しい。

 楽しいけれど、うまくできるかどうか、段取りはをミスしていないかと考え始めると、焦る。


 番組自体に参加するのも楽しい。

 楽しいけれど、まだまだ出演しているライバーの皆さんと、呼吸が噛み合っていないところもある。

 この間の2回目の収録だって、空回りして『……ッスゥゥーーー…』と息を吸い込んだ場面が何度あったことか。


「うーー……」

 椅子に座ったまま、衝動的に足をバタバタと動かす。

 視聴者のみんなも出演者のライバーさん達も、私が空回っているのを楽しんでいるところがあるし、そう細かく気にする必要もないのかもしれない。


『あんまり悩みすぎなさんな。さくちゃんは真面目すぎるのよ~。とっても可愛いわよ。それこそぎゅっと抱きしめて、食べちゃいたくなるくらいには』


 クレアさんにもそうさとされ(?)た。

 後半部分で言っていることは、ちょっとよく分かんなかったけど。


「うー…」

 だって、自分が満足できないのだ。

 それに、観てくれている画面の向こう側の人達を、もっともっと楽しませたい。

 ──吉谷にだって、もっと楽しんで観て欲しい。


「公私混同は駄目だぁ!」

 慌てて一人で首を振り、頭の中に出てきた吉谷の顔を掻き消す。


「何が公私混同なの?」

「わっ!お、お母さん、な、何で…」


 突然の背後からの声にびくりとして、椅子からずり落ちそうになる。

 慌てて振り向くと、呆れ顔の母が立っていた。


「あら、私はノックしたわよ? そしたらあなた、ぶつぶつ言いながら全く聞いてないんだから。洗濯物、畳んであるからあとは自分で収納しなさい」


 はい…と力無く呟いて、服を受け取る。

「まったく、集中し過ぎたら周りが見えなくなるんだから。本当にお父さんにそっくりね。また考えを整理するため、とか言って冬休みみたいに走りまくって捻挫するのだけはやめてよ? 心臓がいくらあったって足りやしないわ」


 そんなことは…… ある。まさに今、気分転換がてら走りに行こうかと思っていたところだ。


「……ごめんなさい」

「全く…。走りに行くのは良いから、怪我には気をつけること」

 いいわね? と強く念を押されたら、頷くしかない。


 私が頷いたのを確認すると、母はもう特に言うこともなくなった様子で、私の頭を撫でて部屋を出ていった。


「……」

 暫く、母が出ていった部屋のドアを見つめる。

 意を決して立ち上がり、いつものジョギングウェアを手に取った。




 出かける直前に気になり、ちらりと運営のチャンネルを開いてこの間の配信ページを覗く。

 いつもはあまり気にしないのに、「低評価」の数が気になった。


 駄目だ駄目だ、そんなの見たら。

 自分から落ち込みにいってどうする。


 それでも気になり出すと止まらないわけで。


 ――私にチートスキルがあればなぁ。


 そんなものはあるはずもなく。

 頭を空っぽにするため部屋を出た。









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