第2話 有住愛花は、満足しない

「だから、さくたんが頑張ってて可愛かったんだって!」


 吉谷がさっちゃん達に、声を張り上げ絡んでいる。まるでちいさな子どもが、親に一日の楽しかった出来事を、聴いて聴いてと報告するように。


 興奮気味なのは、昨夜配信された特別企画を観たからだ。


 なるべく興味なさげに見えるように頬杖をつき、明後日の方向を見ながら耳をそばだてる。

 やっぱり、視聴者の生の反応は気になるものだ。


「頑張ってたって、どんな風に?」


 さっちゃんの言葉に、吉谷が真顔で返事する。

「まず、初MCってことで、開始序盤はガチガチに緊張していたし固さは最後まであったけど、一所懸命に企画を進めようとしているところが可愛かった」


 う…。

 羞恥しゅうちで心がえぐられるようだ。

 思わず胸元を押さえたくなる。


「進行に集中するあまり、メンバーとの掛け合いがぎこちなかったりおろそかになってるとこもあったけど、そこは周りもフォローしてたし今後に期待かな」


「めっちゃ分析してるじゃん」

「当たり前じゃん。私の犬養桜への愛情を舐めないで欲しい」


「そんなこと言ってると、後ろにいる嫁がヤキモチ妬くかもよ」なんて、何の気無しに洋ちゃんが私を指して言うけども、あいにくどちらも私なんだよなぁ。


「まあ、そこは吉谷の好きにすればいいから」

 取り敢えず、本妻の余裕を見せつけておくことにする。犬養が本妻の可能性もあるけども。


 気になるのは、吉谷の分析だ。

 彼女が話したことは、実は私自身も感じていたことだったりする。


『初めてにしてはうまくやれてたし、身体はってて撮れ高とれだかも良かったから上出来だと思うよ』


 あの収録後に、スタッフさんや出演したライバーさん達に言われた言葉だ。

 ありがたく思うも、それはあくまで『初めてにしては』だ。


 無事に第1回目の配信が終わったことに安堵しているだけじゃいけないのだ。


 どうしたらもっと面白くなるのか。

 考えなくちゃ。


「さくたんの愛してるよゲームの破壊力は凄まじかった」


 不意に、吉谷のそんな言葉が耳に飛び込んできてぎょっとする。

 あれのせいで、私はアーカイブが観れないっていうのに。


「愛してるよゲーム?」

 はてなマークが浮かぶさっちゃんと洋ちゃんに、吉谷が手短にゲームのルールを説明する。

 ああ、とふたりが納得した顔になったと同時に、ちらりとさっちゃんがねぎらう様にこちらを見た。


 たぶん、大変だったんだろうなぁ、とかなんとか思ってくれてるんだろう。

 今すぐにでもさっちゃんに愚痴をこぼして甘えたい。そんなことしたら吉谷が拗ねるけど。


「さくたんが恥じらいながら、愛してる、って辿々たどたどしく呟くその感じがもう……可愛くて可愛くて、聞いてるこっちとしては語彙力ごいりょく無くす感じで……」


 言いながら吉谷は瞳がうるうるしてきた。

 分かってはいるけど、大好き過ぎやしませんか犬養のこと。本当に本妻は向こうなのかもしれない。


 そんな犬養桜も私だけども。私なんだけれども。

 目の前でそんなに興奮されたら、ちょっと意地悪したくもなる。


「あ〜、もう。さくたん、愛してる……」


「あ、吉谷、その言葉そのまま私の目を見て言ってみて」


 私が発したその言葉に、え、と吉谷が振り返り、そして固まる。


 私はにこにこと微笑みながら、もう一度「私の目を見ながら、もう一度、"さくたん、愛してるよ" って言ってみて」と、有無を言わさず呼びかける。


 そこから吉谷が赤面し、もごもごしながらそのミッションをクリアするまで、私達は昼休みの時間を消費しながら気長に待ったのだった。

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