第2部

お久しぶりね、のプロローグーーシベリアンハスキーとポメラニアンーー



 4月の進級で高校3年生になった私のクラスには、この学内では有名な、ふたりの女の子がいます。


 有住愛花ありずみあいか――犬に例えるならシベリアンハスキーみたいなキリリとした美人。

 クールで落ち着いた雰囲気の人で、うちの学校で昨年行われたミスコンで1位を獲った子です。


 滅多に笑わないけど、笑うと凄く可愛いとはもっぱらの噂です。

 それともうひとり。


 吉谷歩よしたにあゆむ――犬に例えるならポメラニアン似の元気で可愛い女の子。

 ちょっとだらしないところもあるけど、正直でいつも真っすぐな子です。

 そして彼女も昨年のミスコン2位だったりします。


 え、どうしてわざわざ犬に例えるのかって?

 それは私が犬が好きだからです。

 それ以上でも、以下でもなく。

 だって、こう例えると分かりやすいでしょう?


 去年の秋、紆余曲折あり彼女達ふたりは、私が所属する演劇部の秋季公演に出演しました。


 今思い返すだけでも、まるで昨日のことのように思い出せます。


 吉谷さん――あゆちゃんは、実は私の幼稚園の時からの幼馴染です。

 中学は別々のところだったから疎遠にはなったけど、劇をやる時に久しぶりに話すようになりました。


 有住さんもあゆちゃんも、最初は嫌々だったけど、段々と本気になって取り組んでくれました。

 常盤部長、本当に強引だから一時はどうなることかと思ったけれど。


 でも、劇自体はうまくいきました。

 最後はあゆちゃんがトチって笑いの渦に巻き込まれたけれど、それはご愛嬌。

 とてもいい舞台になったと思います。


 いつかは私が書いた脚本でもふたりに演じて欲しいなと思うくらいに。


 そんなことを思いながら、時折書いている同人誌ではふたりのことで勝手に妄想を繰り広げてしまっています。

 ああ、駄目だ駄目だ。


 ナマモノ(実在する人間)でのカップリングの想像はご法度だもの。

 ぶんぶんと頭を振って邪念を振り払います。


 そもそもただの仲の良い友達同士を見て、そんな歪んだ想像しちゃいけないのです。


「ゆうちゃん、おはよー」

「あ、あゆちゃん、おはよ……」


 突然、ゆうちゃん、と自分の愛称を呼ばれてびくりとすれば、目の前に先ほどまで考えていた人物が立っていました。


 まさに今学校に来たばかりなのでしょう。

 にこにこ顔のあゆちゃんは、学生鞄を持ったまま私の席の傍に近づいてきて、話しかけてくれました。


「ど、どうしたの」

「んー? またゆうちゃんと同じクラスになれて良かったなって。小学校以来だしさ」


 そう言って、あゆちゃんは幼稚園の時から変わらない可愛い顔で微笑みました。

 対して私は、顔は平凡だし、眼鏡だし、髪だっていつもふたつ結びにしているだけの地味な女子です。


 そんな私があゆちゃんに笑顔を向けられると、思わず照れてどもってしまいます。


「ねぇ、ゆうちゃん達ってまた今年も劇やるの? 」

「あ、うん。正確には毎年春と秋に公演していて……」


「あゆむ」


 突然、教室に、凛とした綺麗な声が響きました。

 思わず何人かが声の主を見て確認してしまうくらいには、惚れ惚れする透き通った声でした。


「……っ」

「あー…っと、ごめん、いきなり呼んで…。ちょ、ちょっとこっち来て」


 声の先には、有住さん。

 そしてふたりのやり取りを見ていて、あれ、とちいさな違和感が芽生えました。


 あゆちゃんは、その呼びかけに一瞬戸惑った顔を見せた後、諦めたように有住さんの方へ歩いて行きます。

 頬が赤いように見えたのは、気のせいかしら。


 有住さんは、私と目があうと申し訳なさそうにぺこり、と頭を下げました。


「あれ、ヤキモチだから気にしないでね」

「え?」


 確か、名前は水上洋子さん……だったと思います。

 私の傍を通り過ぎながら、「珍しいんだけど。有住は、ごくたま~にああいうヤキモチ妬いちゃうのよ。ごめんね」と言って、ふたりのところに歩いていきました。


「げ、洋ちゃん」

「何が、げ、なのよ」


 そういって水上さんは、ふたりの間に無理やり割り込むと、あゆちゃんを放り投げ、有住さんに抱き着きました。

 あ、今度はあゆちゃんが面白くなさそうな顔になってる。


 仲が良いなぁ、と思いながら、先ほどの光景で生じた僅かな違和感が残ります。まるでちいさな火がちりちりとくすぶるように。

 私の中のある種のレーダーが、ぴこんぴこんと鳴っています。


 有住さんって、あゆちゃんのこといつも「吉谷」って言ってなかったっけ。

 さっき名前を呼ばれたあゆちゃんは、どこか恥じらうように頬を染めてなかったっけ。


 まるで、恋する女の子みたいに。


 "珍しいけど。有住はたまーにああいうヤキモチ妬いちゃうのよ" ってどういう意味でしょう?

 それって、私があゆちゃんのこと、親し気に名前で呼んだから…?

 え、それってつまり?


 あれ、あれあれあれあれ。


「私の勘違いじゃないのかもしれない……?」

 楽しいクラスになりそうだわ。


 どちらにせよ、私はあゆちゃんの味方だし、こうなったら陰ながらふたりをひたすら応援していこう。


 ああ、早く帰って新しい同人誌に着手したい。


 新学期早々、鼻息荒く私は誓ったのでした。



 ===========

 モブ視点でのプロローグでした。

 いきなり出てきて、「誰?」って感じだったかとは思いますが。

 この子には今後、サポーターとして要所要所で働いてもらおうと思います。


 またゆるゆると、亀更新で第2部始めていきます!

 宜しくお願い致します。


-2022/4/29時点で語り口調に修正。

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