第5話 吉谷は、打ちのめされる
私しか知らない有住もいれば、私が知らない有住もいる。
頭ではわかっていても、いざそれを目の当たりにすると、こんなにも打ちのめされるんだ。
「あれ?有住は?」
マネージャーに申し送りをしてフロアに出てくると、テーブル席にその姿が無かった。
珈琲もいつの間にか片付けられている。
フロアで対応していた凛花ちゃんが、「ああ、待ち合わせがあるみたいで、急いで出ていかれましたよ」と教えてくれた。
「えー、折角今からあがれることになったのに……」
「先輩、このところ結構シフト入ってましたもんね。私の教育係でもあるから合わせて多めに入ってくれてましたし…」
「それはいいんだよ。元々春休みは多めに入るつもりだったからさ。今日も、凛花ちゃんの飲み込みが早いから、他の人に任せてあがれることになったんだし」
そう言って頭を撫で、手を止める。
ここ最近、ついつい凛花ちゃんの頭を撫でるクセがついてしまった。
普段は周りに年下がいないから、どうしても可愛がってしまう。
けれど一方で、私自身、このところバイトに多めに入っていた反動で疲れが溜まっているのもまた事実だ。
そろそろ私も誰かに甘えたい、そう思って頭に浮かぶのはただひとりで。
……せっかく久しぶりに会えたのに。
「あっ、そういえば」
「ん?」
「さっき、先輩の美人なお友達が待ち合わせって言った時に、私思わず『彼氏さんとですか? 』って聞いちゃったんです。そしたら少し困った様な顔をされて。余計なこと言っちゃったなって…。ご本人にはその場で謝ったんですが、先輩のお友達を困らせちゃってすみませんでした」
「あー……、有住は…彼氏は…いないね……」
「そうなんですね。あんなに美人な人に彼氏がいないなんて、意外です…。私が男子だったら放っておかないですよ」
男子なら…か。そりゃそうだよね。
ずきんと胸が痛む。
「有住に彼氏ができるのは…イヤだな……」
思わず自分の口から零れた言葉にハッとする。
しまった。
つい本音が出てしまった。
「彼氏ができちゃうと、遊んでくれなくなっちゃいそうだしさ」と慌てて笑って取り繕い、話を流す。
私はいま、うまく笑えているだろうか。
ぴくぴくと目尻の下が強ばり震えるのを、隠せているだろうか。
凛花ちゃんは、不思議そうにじっと私の顔を見つめている。
くりっとした目で見つめられると、色々なことを見透かされているような気になり、どぎまぎしてしまう。
思わず目を逸らすと、「あー…なるほど。そっか…、私、また余計なことを……、なるほど、そしたら先輩は片想い……?」と何やら顎に手をあて、ぶつぶつと呟いている。
やがて考えを整理したようにぱっと顔をあげると、「……先輩」と彼女が傍に歩み寄って来た。
「なに…かな…」
凛花ちゃんから発せられる気迫に、思わずその場で後ずさる。
その場で後退したとしても、そう広くない店内だ。すぐに壁にぶつかり、逃げ場がなくなってしまった。
私を壁際まで追い詰めた凛花ちゃんは突然、私の手を取り両手で包み込む。
「私、応援します」
「へ?」
「私、先輩のこと、全力で応援します」
「あ、ああ、うん。ありがとう?」
何を?とは、怖くて聞けなかった。
良くも悪くも、彼女は
少ない情報でも、恐らく多くのことを理解してしまうだろうから。
以降、その日を境に、有住が来る度に凛花ちゃんは接客を買って出るようになる。
そして有住の前で何故か一所懸命に私のことを褒めまくるようになるんだけれど、それはまた別のお話。
凛花ちゃんから解放された私は、バイト先の喫茶店を出て、取り合えず駅前の繁華街へと移動した。
せっかくまだ明るい時間帯だし、今日は凄く天気も良くて暖かい。
すぐに帰宅するのが勿体なくて、新しい服でも見ようかと人込みのなかをぶらぶら歩く。
どこに入ろうかと周りを見渡していると、遠くによく見知った人影が映った。
それは私が絶対に見間違えるはずのない人だった。
そう、私が有住を見間違えるはずがない。
でも一瞬、自分の目を疑った。
「え…、何で有住が男の人と歩いてんの」
大柄でガッシリした年上の男の人と、その隣を歩く有住。
どこかのお店に行ってきたのか、ショップの手提げ袋を持っている。
にこにことその人の隣で笑っている有住は、しきりに手提げ袋を男の人に掲げて見せ、嬉しそうに話している。
さあっと頭から血の気が引いていく。
正直に言うと、私から見て、ふたりはとてもお似合いのカップルに見えた。
何を買ったの?それって私と一緒じゃダメだったの?その人は誰?どんな関係?今からどこに行くの?
有住に、聞きたい事が山程ある。
少なくとも彼女は人見知りだし、いまでもあまり必要以上に他人とは仲良くなろうとはしない。
だから、いま一緒に居るあの人はそれだけ有住から信頼されている人だということだけは明白だった。
そこまで考えた結果、私のなかで沸き起こった感情は、後悔と寂しさだった。
私が有住を放っておき過ぎたのが悪かったのかな。
沈み込んでいく思考に、周囲の音が遠くなる。
頭の片隅では、有住は人を裏切るような奴じゃないってことも分かっている。
有住に好かれているという感覚もある。
でも、じゃあいま目の前にある光景は何なんだろう。
いますぐ駆け寄って聞いてみればいいのかもしれないけれど、そんなこと怖くて、いまの私ができるわけがない。
やがてふたりは周囲の店舗をちらちらと横目で見ながら、コーヒーショップに入って行った。
姿が見えなくなってやっと我に返る。
「……帰ろ」
とにかく気持ちを、整理したかった。
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予めお伝えしておくと、
この次のお話は、砂糖マシマシ、甘々ハッピーエンドです。
ちりちりより
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