第4話 有住は、企む
『さくたん、歌うまくなったよな』
『もともと犬養の歌も声も好きだったけど、ここ最近はもっとよくなったと思う』
『さくたんさいこー』
一曲目が終わって見たみんなからのコメントで、反応は上々のようだと、ほっと胸を撫で下ろす。今日は久しぶりの歌枠配信だ。
滅多にしない生歌に、リアルタイム視聴もいつもより多い気がする。
今日が単に休日だからということもあるだろうけど。
『さくたん滅多に歌枠しないから、もっとしてほしい』
滅多にしないのは、歌に自信が無いからです。
『でもほんとうまくなった。声に抑揚がついてめっちゃいい』
それは練習したからです。
『みんなにそう言ってもらえて、めちゃくちゃ嬉しい。歌に自信が無いから、ひとりでめっちゃ練習したんだよ……』
そう、これも全て、ひとりでカラオケに行き、人知れず練習した
あと、何度もその場で自分の歌った歌声を録音して聴いて、反省して、また歌い直してを繰り返した。
真面目なんです。
地道な努力の賜物なんです。
そんなこんなで、今日はSNSでみんなから集めていたリクエストを消化している。
『"バラードも歌ってほしい"……か。あ~、一応、用意はしてるよ。…よし、歌うかっ!』
一瞬躊躇したものの、歌う心づもりはしていたので、気合を入れ直して曲を流す。
コメント欄の流れが速くなる。サイリウムを模した絵文字が流れ出す。
付き合いだす少し前から、バラードやラブソングを歌う時には、吉谷の顔が浮かぶようになってしまった。
付き合う前は、なんでこいつが、と思ってもやもやしていたけれど、今では漠然とした感情の矛先が全て吉谷に向かっていく。
とはいえ、歌う時には、どこかでそれを
感情に
無数の細かい糸を、ゆっくりと手繰り寄せていくように、歌を歌う。
たぶん、この配信が終わったら吉谷に会いたくなる。
吉谷のことを思い出してしまったから。
せっかく、会えない寂しさを配信の高揚感で忘れていたのに。
配信は楽しい。視聴者のみんなのことも大好きだ。
でも、吉谷にも会いたい。
否、会っているけれど、頻度が少ない。触れ合いも少ない。
吉谷に触れたい。
『…っふぅう~~。 もういい時間だね。それじゃあそろそろ……あはは、 "イヤだ!" じゃないでしょ? 』
幸福感と高揚感を抱えたまま、画面の向こうにいる無数の誰かにお別れを言い、配信を切る。
ちらりと時計を見ると、まだ吉谷はバイトをしている時間だ。
この後は私も予定があるけれど、それまではまだ余裕がある。
――凛花ちゃんが後輩になってくれて良かったなぁって。
「……別に、ヤキモチ妬いてるわけじゃ…って言っても遅いか」
意を決して、バババと勢いよく部屋着を脱ぐ。
迷っている暇はない。
私の予定の時間まで、少し吉谷のところに偵察に行こうか。
――というわけで、来てしまった。
落ち着いて考えると、私って結構重い女なのかもしれない。
恋人のバイト先まで来て浮気していないか確認しに来るって。
傍から見たらちょっと引く。
そんなことを思いながらお店のドアを押し開ける。
ちりん、と鈴が鳴りすぐ傍で「いらっしゃいませ」と少し幼さの残る声が聞こえた。
たぶんこの声の主が新しく入った子だ。
その子は私が店内に入るなり目を見開くと、次の瞬間には人懐っこい笑みを浮かべて「おひとり様でよろしかったでしょうか」と聞いてきた。
あー、この子、性格良いだろうな。
にこにことした表情は、子犬のような雰囲気を思わせる。
「はい、ひとりです」
と答えると、「あ!有住!」と今度は店の奥から吉谷が近づいてきた。
客席の後片づけをしていたのだろう、使用済みのトレーを手に持って、こちらも「来てくれたんだ」と花が開くように満面の笑みを浮かべた。
その表情に、思わず胸が高鳴る。
「先輩のお友達ですか? めちゃくちゃ美人さんって思って、思わず一瞬固まっちゃいました」
「そうでしょう。そうでしょう。あ、でも有住は私の大事な友達だから、失礼のないようにね!」
「はぁーい。任せてください! ではお客様、こちらへどうぞ」とお行儀よく後輩――凛花ちゃんだっけ――が背筋を伸ばして、座席へ案内してくれる。
私はそれについていく。
私は吉谷の友達じゃなくて、彼女だよ――そんなことを思いながら。
できることが多くなったのか、凛花ちゃんは思ったよりもひとりで店内を動き回っていた。
「あの子、飲み込みが早くてさ」
「そうみたいだね」
注文した珈琲を持ってきた吉谷がそう説明する。
私があの子を目で追っているのを何となく感じて説明してくれたんだろう。
何気なくを装い、そう返したものの、恥ずかしくて俯きたくなる。
「あとさ、有住、心配しなくてもあの子は――、あ、ちょっと待ってて」
「あ、うん」
入り口付近に目をやった吉谷が、早足で私の元を去る。
向かった先はレジで、凛花ちゃんがレジ前でお客さんへの対応で少し手間取っていた。
駆け付けた吉谷が、手際よく対応する。
並んでいたお客さんが帰った後、何やら吉谷が説明して、凛花ちゃんの頭を撫でた。
おそらく、「こういう時の対応はこうするんだよ。でもよくやったね」なんてことを言っているんだと思う。
うん、きっとそうだ。そうなんだとは思うけれど。
「……はぁ」
頭では分かっている。
分かっているけど、私は私が思うより、ずっと器がちいさい人間だったみたいだ。
何気なくを装っていても、吉谷の口から他の人の名前が出ると胸がざわつく。
吉谷が私以外の人に触れるだけで頭に血がのぼりそうになる。
今回のことで、それが男でも女でも駄目なのだと気づいてしまった。
これ、今後苦労しそうだなぁ。
ヤキモチってしんどい。
胃の奥がむかむかしてくる。
もう飲んでいる珈琲の味もよく分からないくらい、意識があのふたりに釘付けになっていた。
駄目だ。このままじゃきっとふたりにイヤな態度をとってしまう。
半分ほど残っていた珈琲をそのままにして立ち上がる。
吉谷がキッチンに引っ込んだのを見計らって、レジに急ぐ。
「お会計お願いできますか」
そう言うと、凛花ちゃんは戸惑ったように「え、もうお帰りになるんですか? 」と返してきた。
「この後、人と待ち合わせしてるんだ。だからここには少しの間の時間潰しと、吉谷の顔を見に来ただけなの」
「そうなんですか。あっ、もしかして待ち合わせって、彼氏さんですか?」
その言葉に一瞬固まる。
ああそうか、普通の人はそういう発想になるのか。
「あっ、いや、友達だよ」
「なんだそっか。あ、すみません。余計なこと言ってしまって…、すぐにお会計しますね!」
途端にしゅんとする様は、今日初対面の私も思わず抱きしめてしまいそうになる。
それでも切り替えは早くて、手早くお会計を済ませてくれる。
吉谷が褒めるのも頷ける。
「楽しんで来てくださいね」
にっこりと微笑む凛花ちゃんの笑みは、心の底から私のことを想ってくれているようで、思わずつられて頬が緩んだ。
……あの子、普通に良い子だったなぁ。何してんだろ、私。
久しぶりに深い溜息がでる。
まるで取り返しのつかないことをしてしまった時のような気持ちだ。
ばいばい、私の嫉妬心、そしてこんにちは、私の羞恥心。
嫉妬している暇があるなら、吉谷のことをもっともっと甘やかそう。
大好きだって伝えよう。
そのために、プレゼントを用意するのだ。
そんなことを考えながら、私はある人との待ち合わせ場所へと向かっていた。
「おう、桜ちゃん。久しぶり」
「北斗さん、お久しぶりです。今日は来てくれてありがとうございます」
駅前の待ち合わせ場所には、ガチムチのお兄さん――もといVtuberの先輩である
一見するとガタイが良い細マッチョな北斗さんだけど、中身は結構な少女趣味で、百合オタクときた。
「女の子がその場にふたり以上いたら、俺はそこに百合の可能性を感じる」とか、「女子の裸に興味はない。女子と女子の絡みが好きなんだ」など様々な迷言を残している。
だからこそ安心(?)して一緒に出歩ける、数少ない異性だ。
因みにクレアさんからは「あの百合豚とお買い物~?何で私を誘わないのっ!!」と怒られた。
タイミングが合うなら一緒にとは思っていたけど、クレアさんは本業がサービス業だから今日みたいな休日は休めない。
そして北斗さんは昨晩、そのクレアさんから呪いのメッセージなるものが送られて来たらしい。
私は正直クレアさんの私に対する執着が怖いんだけど。
あと、今日一緒にお買い物をする相手に北斗さんを選んだのは、その他にも理由がある。
「あ、それも北斗さんが作ったんですか? 」
「そうそう、これ、作るものをイメージできた方がいいかなと思って、見本がてら持ってきた。やるよ」
手渡されたそれは、羊毛フェルトで作ったシンプルな子猫のぬいぐるみだった。
まんまるのフォルムに、くりっとした目、ゆるくカーブした口のラインも全てが愛らしい。
北斗さんの趣味――それは手芸だ。
私が吉谷に何かプレゼントしようと決意した時、思いついたのが手作りの手芸だった。
最初はマフラーも考えたけど、北斗さんに相談したら「マフラーもいいけど作るの時間がかかるし、冬の時期しか使えないよ」と言われて提案されたのが、羊毛フェルトでつくるぬいぐるみだった。
これなら数時間頑張れば作れるし、可愛いから女の子も好きなんじゃないかな。
そう言ってくれた北斗さんの提案に乗り、作り方を教えてもらうのと材料を買うために来てもらったのだ。
「よし、じゃあ行くぞ。桜ちゃんの彼女へのプレゼントのために、俺も全力を尽くす」
「何もそこまで気合入れなくても」
「いいや、これは大事なことだ。そして無事プレゼントできた
「なかなかにキモいですね…北斗さん」
「誤解しないで欲しい。これでも俺はBL(ボーイズラブ)もイケる…」
「わーわーわー! 往来でほんとに何言ってるんですかっ!」
こんな先輩だけれど、面倒見は本当にいいし信頼できる。
同級生の女の子と付き合っている、なんて打ち明けられる数少ない人(他にはクレアさんくらい)だから。
「じゃ、改めて、今日は宜しくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、私は北斗さんと手芸用品のお店に向かって歩き出した。
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