第2話 有住は、独り占めしたい


「教育係?」

 うん、とノートに目線を落としたまま吉谷が頷く。


 吉谷のバイトが終わり、私達は近くのファミレスに来て勉強会をしていた。

 テーブル席に座る時、せめて対面じゃなくて隣同士で座りたい、と粘ったものの「そう言って触ってくるつもりでしょ。もう、人前でのいちゃいちゃ禁止」とたしなめられたのが少し前。


 学校では自分から私の膝の上に座ってくるくせに。

 そうしながら勉強している時、「そういえば」と教えてくれたのが、先の話だ。


「なんか、明後日、新しいバイトの子が入ってくるらしくてさ。次で高校2年生なんだって。だから私達のひとつ下。今日のバイト終わり、マネージャーからその子の教育係を頼まれたの」


 店長の話では結構良い子らしいんだけどねー、と目の前にあるポテトフライを摘まむ。


「凄いじゃん。頼りにされてる」

「んーでも、私なんかで良いのかな、って」

「私は適任だと思うけどな」

「そう?えへへ、有住がそう言ってくるなら、頑張っちゃおうかな」


 照れたように吉谷がはにかむ。

 つられて私も、笑みがこぼれる。


 吉谷は接客業が向いていると思う。


 人当たりも良いし、他人に対して垣根も低いから、後輩ができてもきちんと教えてくれそうな気がする。

 何より性格が良いし、こうと決めたら一所懸命だし、うちの彼女。


 吉谷の上司は、きっと彼女のそういうところも見ていたんじゃないかな。


 私だって吉谷が周りから頼られているのを見るのは嬉しい。

 応援もしたい、――けど、その前にひとつ確認しておきたいことがある。


「あのさ、因みにその新しいバイトの子って…、男子?女子?」

「へ?ああ、女子だってさー」

「ふぅん、そっか」


 そう聞いてひとまず安心する。

 まあ、私も女子なんですけども。


 吉谷は可愛い。


 本人とバカ話をしていると大抵の人がその事実を忘れてしまうけれど、落ち着いて見ると、相当可愛い。

 何故か同じ学校の男子で吉谷に告白したり、彼女を好きだという噂はあまり聞いたことが無いけれど。


 他校の男子から合コンのお誘いが来ている、とか連絡先を聞かれた、という話はよく聞く。


 これまでの私はそんな話を聞いても「おモテになるんですねぇ。こんなちんちくりんなのに」と冷やかしては、本人とケンカになっていた。


 今では吉谷に想いを寄せる誰かが、私達の間に割り込んでくるんじゃないかと、気が気じゃない。


 しかも当の本人は私の気を知ってか知らずか、最近は一緒に居る時に時折、恥じらうような仕草をすることもあり、私だって色々我慢するのが大変なのだ。


 本当は吉谷の姿を他の誰にも――さっちゃん達を除いて――見せたくないくらいだ。


「やっぱり今日も、どっちかの家にすれば良かったかな」

「え?何か言った?」

「ううん、なにも」


 次は私の家にしよう。リビングか、私の部屋か。

 私の部屋は配信機材があるから、吉谷を呼ぶ時には片付けておかなくちゃ。

 ちょっと、だいぶ面倒な作業だけれど、仕方ない。


「なになに?有住、ちょっとヤキモチ妬いちゃった?」

「当たり前でしょ」

「……」


 私の返答に赤面して固まるくらいなら、そんなこと聞かなきゃいいのに。

 でもいい機会だから、クギを刺しておいた方がいいかもしれない。


 テーブルに身を乗り出し、正面に座る吉谷に手を伸ばす。

 細心の注意を払って白く艶やかな頬に触れ、優しく語りかける。


「吉谷、浮気はしちゃダメだからね」


 今度こそ真っ赤になって頷いた吉谷の顔は、傍から見るとゆでだこの様だろう。


 ――そりゃ吉谷は分かってると思うけど。

 でも、こんなに可愛い子を周りが放っておくかしら。

 そんなことを考えたら、頭の中にいる脳内さっちゃんが「重症だねぇ」と呆れる光景が浮かんだ。






 ファミレスでのふたりきりの勉強会が終わり外に出ると、辺りは流石に暗くなっていた。

 ぶるりと身震いしてマフラーに口元を埋める。

 今夜はまた雪が降ると、天気予報に出ていた。


「そういえば有住、今週はもう予定合わないんだっけ?」

「うーん、ちょっと他に用事があって」


 用事とは配信活動のことだ。

 コラボ企画に、ボイス収録、歌ってみたの収録、個人の配信、と春休みなのをいいことにかなりの予定を詰め込んでしまった。


「余裕っしょー」と調子こいていた春休み前の自分を呪いたい。


 手帳に書き込んだ配信スケジュールはかなりの日数が2回行動(1日2回、時間を分けて配信すること)で組まれていて、あれそういえば私今年受験生だよな、とその時気がついた。


 配信前後の時間は固定として考えると、予定が入れられるのはそれ以外の時間になるわけで。

 そうなると吉谷のバイトなどとあまり時間が合わないことが判明したのだ。


 こうなったら私の配信が終わり、吉谷のバイトも終わった後の夜に合流して、家でお泊り勉強会なんてどうか、と提案したのがつい先日。


「……わたしたちにはまだそういうのは はやいとおもう」

 と何故かそう返されたのは記憶に新しい。


 何だか最近、吉谷からそっち方面で信用されていない気がするけれど、それは置いといて。


「そっか…寂しいけど、春休みはまだあるし、週1くらいで会えたら会おうよ」


 我慢させてしまっているかもしれない。

 そう思ってぎゅっと抱きしめようとしたけれど、ここは往来だ。


 ぐっと堪え、「バイト先に遊びに行くね。吉谷が先輩として頑張っている姿も見たいし」と笑いかけた。


 ありがとう、それじゃあ、と言って分かれ道でお互い手を振る。

 私の家はこっち、吉谷の家はあっち。


 ばいばい、と手を振って、歩きながら何度もお互いに振り向いた。


 ずっと一緒に居たい。

 吉谷のことが、愛おしくて堪らなくなる。

 そんな気持ちが、どんどんあふれてこぼれ落ちていく。


 言葉にして伝えるだけじゃ足りない。

 だからいつも行動に移してしまうのだけれど、それが吉谷を戸惑わせているのも分かっている。


 何か他のかたちでもいいから、そばにお互いを感じられるものをプレゼントできないかな。


 そんなことを考えていると、修学旅行で買った縁結びの鈴がちりんと鳴った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る