第5話 有住と吉谷とさっちゃんと洋ちゃんと、枕投げ(修学旅行編おわり)


「で、ふたりは付き合うの?」

 修学旅行3日目が終わり、旅館で敷かれた布団を引っ張りながら、洋ちゃんが剛速球の質問を投げてきた。

「あ、う……」

「……」


「水族館であんなにいい雰囲気出して抱き合ってたんだから、付き合うでしょ。そりゃー」

 さっちゃんが、移動された布団の上に座りながら当然のように返す。

「えっ……と」

「う、うん……」



「ま、まあ、そういうことで……いいん……だよね……?」

 しどろもどろになっている吉谷からの言葉に、私も戸惑いながらこくんと頷く。


 でも今は、それよりも先ほどから目の前で繰り広げられている光景で、気になることがあった。

「あの……、何で布団離してるの……?」


 目の前には4枚の布団。

 でも明らかに、さっちゃんと洋ちゃん、吉谷と私で2対になって距離がとられている。


「あー、付き合いたてのふたりが私達に気を遣わないようにと思って」

「変な事するのは私達が寝てからにしてね」


「「しないわっ!!」」


 ふたりの顔面に思いっきり枕を投げつける。


「ぷはっ、ちょっと、もー何よっ。せっかく私が気を遣ってやってるってのに」

「洋ちゃんの気遣いはちょっとズレてるっ」


「いてて、あ、私はふたりがいちゃついてててももう気にしないよ」

「さっちゃんは寛容すぎっ」


 そこからみんなスイッチが入ったのか、枕投げが始まった。

 元テニス部と女子サッカー部の部長ふたりを相手にして、私達が敵うはずもなかったけれど。


 それでも、寝る直前にはふたりから「おめでとう」と言われ、心がくすぐったかった。




「――有住、寝た?」

「――ううん、まだ」


 電気を消してだいぶ時間が経った頃、隣の布団で寝ている吉谷がもぞもぞと動き、ちいさな声で聞いてきた。

 目を開けると、じっとこちらを見ていて、「……おいで」と自分の布団に誘い込む。


 念の為、さっちゃん達の様子を伺うけれど、規則的な寝息が聞こえるのみだ。

 ……別に、変な事をする気はないけれど。


 布団の中に入って来た吉谷を、そのまま私の腕の中に閉じ込める。

 暖かい。


 ぎゅっと抱きしめ、額や頬に口づけていく。


「んっ……あ、ありずみ……」

「んー? ふふ、吉谷、可愛い……」


 頬や額にちゅっとするのは、クレアさんとのじゃれあいで一緒に遊んだりコラボする時に、たまにされるやつだ。

 その時は、ただただ恥ずかしいだけだったけれど。


 ――ヤバい、これクセになりそう。


 頭の中で警戒音が鳴り響いている。

 もう少しだけ、あともう少しだけ、と思っても踏ん切りがつかない。

 更に続けようとすると、吉谷が顔を真っ赤にしながら私の身体を押し戻した。


「きょうはもう、だめっっ」

 そう言って頬を赤らめる姿も凄く可愛いんだけど。


 正直歯止めが利かなくなっていたので、良かった。


「……わかった」


 でも代わりにと、吉谷の耳たぶに唇を寄せ、そのまま彼女の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

 抱きしめている吉谷の身体が、びくんと震える。


 今日、吉谷が私の彼女になった。


 幸福感と安心感に満たされて、瞼が重くなる。

 吉谷は私の胸に顔をうずめたまま、恥ずかしがってこちらを見てくれない。


 まあいいか。

 もう一度強く抱きしめて、幸せな気持ちのまま眠りに落ちた。


 これまでずっと見守ってくれていた、ふたりの友達への感謝も胸に抱いて。







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