第4話 有住と吉谷と、クラゲワンダー(修学旅行編③)


「――えーっと、『ここに書いてあるグッズの販売、明日までです。皆さん宜しくです』っと。これでよし」

 SNSの文面を打ち込み、送信ボタンを押す。

 投稿完了、の表示を見るとそのまま犬養桜のエゴサに入る。


「ここにいたんだ。有住」

「ああ、さっちゃん」

 声がして顔をあげると、旅館の休憩スペースの入り口から彼女が入ってくるところだった。手の中でジャラジャラと小銭をもてあそんでいるから、飲み物かアイスを買いに来たんだろう。


 私はというと、ちょうど今は犬養桜のSNS更新やエゴサ、マネージャーさんへの返信など、昼間、クラスの皆の前ではできない作業をしていた。


「仕事?」

 そう私に質問しながら、休憩スペースに置いている自販機に小銭を入れる。

 Vtuberの活動が仕事なのかは分からないけれど、彼女なりにオブラートに包んでくれているみたいだ。


「そんなとこ。皆の前じゃできないから」

 こちらも、自販機で買ったアイスを頬張りながら答える。

 クラスの皆の前ではできない、としつつも、さっちゃんと普通に話しているのが何だか不思議な感覚だった。


 ふぅん、と相槌を打ちながら私が座っているベンチの隣に腰を下ろす。

 ちらりとこちらを伺う様子から「……もしかして、何か話したいことある?」と聞いてみる。


 さっちゃんは買ったばかりのジュースの缶に口をつけながら、「昼間、吉谷と何かあったのかな、と思って」と呟いた。

 多分、清水寺でのことを言っているんだと思う。


「少し、泣きそうっていうか、辛そうに見えた」

「さっちゃんって、そういうの気づくの本当すごいよね」


 そうかな、と笑って返されるけど、そうやって色んな人のことを見ているからこそ、周りの人から頼りにされるんだろう。


「因みに、有住、自分自身が引いた恋みくじの内容、覚えてる?私にも見せてくれたよね」

「……結局全部、お見通しじゃん」


 人のことよく見てるんで、と笑う笑顔が憎たらしい。

 私が引いたのは半吉で、恋愛運のところに『勝負の時。想っている相手には覚悟を決め打ち明けるべし。素直にならないとすれ違い、長引く。』と書いてあった。


 それを見たさっちゃんは確か、あーなるほどね、って言ってたっけ。


「で、そういうことじゃないの?」

「何で、今日まで自分でも自覚してなかった気持ちを、既にさっちゃんが知っているのかなぁ」


 どうせまた、人のことよく見てるんで、と返ってくるかと思ったら。


「友達だからだよ。有住と吉谷、ふたりの友達だから」


 そういう風に答えるなんて、ずるいと思った。





 修学旅行もはやいもので3日目になった。

 明日は帰るだけだから、実質今日が最終日ということになる。


 そして今日は半日、完全に生徒だけの自由行動の日だ。

 私達4人の班は街を散策して、スイーツや雑貨屋巡りをしたり、お土産を買ったりして、午前中から京都市内を動き回っていた。


 昨日の夜にさっちゃんと話していて良かった。

 今は気持ちも落ち着いて、吉谷の前でも笑うことができている。


 心なしか、吉谷と繋いだ手に籠められる力が、昨日よりも強い気がするけれど。

 ――うん、何だか、手のひらの密着度や体温が、昨日より高くなっているような……?


 ちらりと吉谷の方を伺って見たけれど、きょとんとした顔でこちらを見返してくるばかりだ。

 ――私の意識しすぎかなぁ。


 でも、繋いだ手の力強さで勇気づけられているような気がして、心強かった。




 お昼を食べて次に向かったのは、京都水族館だ。

 この時期は特別イベントとして、ガラスで作られたクラゲのランプの展示もしていたりして、行ってみたいと思っていた所だった。


 館内に入ると、最低限に明かりを落とした室内で、水槽がキラキラと青く光っている。

 ひんやりとした室内は、音が吸い込まれていくように静かだ。

 平日ということもあって、人がまばらなのもあると思う。


 大水槽では、悠然と泳ぐエイや、絶えず形をかえて泳ぐイワシの群れがいて、海の底にいるようだった。


「海の底にいるみたい」

 その呟きにびっくりして隣を見ると、吉谷が水槽をきらきらとした目で見ていた。

 吉谷もそう思うんだ。

 同じ事を考えていただけで、嬉しくて堪らなくなる。


 繋いだ手に力を籠めると、ぱっと吉谷の手が離れた。

 ――え。


 不安になったのも束の間、吉谷の方からまたすぐに繋がれたのは、お互いの指と指を絡めるような繋ぎ方で。

 こいびとつなぎ、というやつだった。


 ――この子、今日は何だか、積極的すぎないだろうか。

「それ、つけてくれてありがとう」

「え?」


 吉谷の目線の先には、私のリュックに付けられた鈴のお守りがあった。

 昨日買ったお揃いの縁結びのお守りだ。


 ありがとうも何も、昨日買ってすぐに、早く付けてと本人に急かされて付けられたのだ。

 この修学旅行が終わったら、学生鞄に付け直して毎日学校に持ってくるようにと約束もさせられた。


 まるで彼女みたいだ。

 そう思うだけで頬が熱くなる。


 好きな人がいるくせに。


 それが、単純に舞い上がってしまいそうな私の心にブレーキをかけていた。




 水族館の2階に上がると、360度全部をぐるりとクラゲの水槽が取り囲むスペースがあった。

「うわーすごいすごい!」

「全部クラゲ!」

 私達はみんな興奮気味に水槽に駆け寄り、顔を寄せる。


 他にお客さんは数人程度しかいなくて、殆ど貸し切り状態だ。

 ドーム状の水槽で真上をゆっくりと通過していくクラゲに、心を奪われる。


「有住、目がきらきらしてる」

 吉谷が私の顔を覗き込んで、楽しそうに笑っている。

「有住が楽しそうだと、私も楽しいし、嬉しくなる」


 そんなことを言うもんだから、愛おしさで胸がいっぱいになる。


 多分これは、今後何度ふたをしても、何度も何度もふたをしても、溢れ出てきてしまうたぐいのもので。

 吉谷への気持ちで息が出来なくなって、溺れてしまいそうになるかもしれない、と思った。


 吉谷は、ひとりぼっちだった私の世界を、救ってくれた子だ。

 そんな子にいま、私は恋をしている。


 受け入れてもらえないかもしれない想いを胸の中に抱えこむのは、なんて怖いんだろう。


『勝負の時。想っている相手には覚悟を決め打ち明けるべし。素直にならないとすれ違い、長引く。』


 恋みくじにはそう書いてあった。


 これって、勝算がないわけではない、ってことだよね。

 心臓が、波打っている。

 顔が強ばる。

 昨日の今日で、気持ちを自覚したばかりなのに言ってもいいのだろうか。


 ――あほらし。誰かがGOサインを出してくれるわけでも、許可が必要なわけでもないのに。


 これでもかというくらい、繋いだ手に力を籠める。

「有住、どうし――」

「吉谷、私さ……吉谷のこと、好きだよ」


 水槽に目を向けながら、緊張を悟られないように絞り出す。

 繋いだ手がぴくりと動き、その後、吉谷が固まったのが伝わった。


 どうしよう。

 言ってみたけど、どうしよう。


 じわりと全身から汗が出てくる。

 誤魔化すように頬を掻く。


「あ、えーっと、急にごめんね。えっと、好きっていうのはそういう意味で。真っすぐで、一緒にいると楽しくて、……少し我儘で、そんな吉谷のことが好きなんだ。――吉谷が他の人のことを好きでも」

「え?」

「あー、だから、ごめん。気持ち伝えたかっただけっていうか、その」


 ――好きになって、ごめんね。


 勇気を振り絞って出たのは告白と、謝罪で。

 最後の言葉はもう震えてて。


 あ、だめだ、泣くかも。


 そう思った瞬間、身体をぐいと引っ張られた。


 抱きしめられているんだと気づくまでに暫く時間がかかった。

 誰に抱きしめられているのかって?

 吉谷に、だ。


「よしたに、周りに人がいるから……」

「いいよ、大丈夫。大丈夫だから」


 ぽんぽんと、私を抱きしめて背中を軽く叩いてくれる。

 変な時にかっこいいなぁ、と目をつむり、吉谷の髪の匂いを吸い込んだ。


「やっぱり私、駄目だなぁ」

 吉谷が溜息を吐く。

 どうして、と聞くと「私が好きな人、いま目の前にいるよ」と言われ、意味を理解して頬が熱くなった。


「あ、う、そ、そうなんだ」

「有住、すっごい笑顔」


 お互いに顔を見合わせて、えへへと笑う。


 多分、この先一生忘れない、クラゲの水槽前での出来事だった。

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