第6話 有住は、夜道を駆ける
吉谷に好きな人ができた。
吉谷に好きな人ができた。
吉谷に好きな人ができた。
吉谷に好きな人ができた。
吉谷に、好きな人が、できた。
歩行者信号が点滅する。
このまま疾走を続ければ間に合うか。
そう思ったけれど、ここまでの距離をほぼ休憩無しで走って来たせいで、肺が引き
思い直して踏みとどまる。
信号機の色が赤になったのを確認し、歩道の脇でゆっくりと足踏みをして呼吸を整えた。
マップで現在位置を確認すると、だいぶ家から遠くまで来たらしい。
いつもと違う景色に、新鮮さとどこか
「うー……」
私の他に気になるVtuberがいないかどうかなんて、聞かなきゃよかった。
私は単なるライバーのひとりにしか過ぎないし、視聴者の皆も色んな配信者のところをハシゴしているのは勿論承知している。
吉谷に聞いた時も、参考になりそうなライバーの名前がでたら観てみよう、くらいの気持ちだった。
それが、まさかあんな話になるなんて。
誰だ。
吉谷が想う相手って、誰だ。
以前聞いた時には好きな人なんていない、って言っていたのに、何なのよ。
歩行者信号が青に変わる。
軽く伸びをしてまた走り出す。
夜の街灯が照らす夜道は、余計なものが見えない分、思考に没頭できる。
没頭し過ぎるから、こんなに遠くまで来てしまったのだけれど。
来週から学校が始まる。
どんな顔をしてあいつに会えばいいんだろう。
走るペースを更に速める。
肺が痛い。
心臓が痛い。
太腿が痛い。
ふくらはぎが悲鳴をあげ始めた。
帰り道も同様の距離を戻らないといけないということは、考えないようにした。
吉谷の一番傍にいるのは私だと思っていた。
だからこそ、私の知らない誰かが実はあの子の傍に居て、その挙動に一喜一憂しているあの子の姿を想像するだけで、全身の毛が逆立つようなぞわりとした感覚に襲われる。
悔しいのかもしれない。
吉谷は私のものではないのに。
私だけが特別だと思いこんでいた。
あの子の周りには、そもそも沢山の人がいるのに。
私は吉谷の全てを知ってるつもりでいた。
私が知らない吉谷の日常なんて、それこそ沢山あるはずなのに。
恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。
どろどろとした感情に飲み込まれそうで、こんな独占欲を吉谷に感じている自分が恥ずかしい。
いっそのこと、来週から学校が始まると同時に距離を取ろうか。
いや、駄目だ。
また泣かれるかも。
というかむしろ、泣いて欲しい。
また、私の傍から離れないでと、泣くほど私を求めて欲しい。
そこまで考えて、いやいやいやと雑念を払う為に頭を振る。
足元がふらついてきたため立ち止り、近くにあったバス停のベンチに腰掛ける。
目眩がする程、酸欠状態になっていた。
持ってきたペットボトルの水を飲む。
そろそろ来た道を戻った方がいいかもしれない。
ふたりで一緒に居る理由を、吉谷の側に求めるのはもうやめよう。
今はもう、私があの子と居たいんだから。
帰り道は、走るのはやめてウォーキングに切り換えた方が良さそうだ。
そう思って立ち上がろうとした時、ジョギング用ポーチの中でスマホが震えた。
吉谷からのメッセージだった。
『有住、私、勉強がんばることにした』
その一文に、どう返そうかと暫く考えた後、返事を打つ。
思ったことをそのまま反射的に打つと、今の私の思考では良くない気がした。
『えー、そうか。どういう風の吹き回し?』
『いつも有住に勉強頼ってばっかりだから、少しは自立しようと思って』
頑張らなくていいのに。私に頼ってくれていいのに。
またもそんなことを考えて、駄目な自分に嫌気が差す。
自立しようと思ったのは良いことだ。
でもどうして急に。
そこに、吉谷の『好きな人』が関わっているのではないかと勘繰ってしまう。
もしそうなら、吉谷がその『好きな人』に近づいていくことは、イコール、私から離れていってしまうということではないのか。
ちいさいなぁ、私。
友達のことを純粋に応援できないなんて。
『凄いじゃん!もうすぐ高3だしね。私も勉強しなきゃ』
それだけ打ち込み、送信ボタンを押したらまた走り出す。
途中、スマホが震えた気がするけれど、後はキリがないので帰宅してから見ようと帰路を急いだ。
帰宅後、シャワーを浴びて濡れた髪を乾かしながら、スマホのメッセージをチェックする。
吉谷からの返信を見て、私はその場で動けなくなった。
『有住と一緒にいるためにがんばる』
メッセージが来た時刻を見ると、私が先の返信をした直後に来ていたらしい。
慌てて返事を打つ。
『私と一緒にいるためってどういうこと?え?え?』
あれから一時間以上経っている。おそらくすぐには返信は来ないかもしれない。もしかすると、私と同じ大学でも行くつもりなのだろうか。
もしそうだとしたら。
「私、めっちゃ吉谷に好かれてるじゃん」
頬が緩むのを止められない。
今の時点で、まだ見ぬ『好きな人』と私では、私の方が勝っているんじゃないか、なんて思ってしまう。
吉谷の言動で、こんなに一喜一憂する日が来るなんて思わなかった。
早く学校、始まらないかな。
そう思いながらベッドに入る。
走り過ぎてかなり疲れていたから、何かに引きずり込まれる様に眠りの世界へ落ちていった。
吉谷からの返信は、深夜のうちに一件来ていたようだけれど、翌朝確認したら『このメッセージは削除されました』と表示されていた。
寝ぼけて何か間違えて送信したんだろう。
私も、たまにあるから。
何を送ったのか、今度会った時に聞いてみようと思う。
早く学校始まらないかな。
スマホに表示された親友の名前を見つめ、そう呟いた。
第7章おわり
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