第5話 さっちゃんは、相談を受ける


「――で、相談って?」


 4人で行った初詣から数日後、私は吉谷から家の近所のファミレスに呼び出されていた。

 目の前には、緊張した面持ちで店員さんが持ってきたお冷を飲む吉谷。


 私と吉谷の家は少し距離がある。

 わざわざ出向いてくる程のことなのだ、余程のことなのだろう。

 ……大体の内容は分かる気がするけれど。


「えっと、あのさ」

「お待たせ致しました。ご注文はお決まりでしょうか」


 あ、店員さん呼んでたんだった。

 慌ててメニュー表を指さし注文を伝える。

 長くなりそうだから、ドリンクバーもつけておいた方がいいだろう。


「えっと、ドリンクバーとこのケーキと……吉谷は?」

「あ、じゃあ私もさっちゃんと同じので」

「承知しました。ドリンクバーふたつとケーキがおふたつですね。ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」


 出鼻をくじかれた吉谷は、少ししゅんとなっている。

 本当、手の掛かる奴。

 いつも面倒を見ている有住は偉いな、凄いな。

 そう心の中で呟くと「さっちゃんも大概でしょう」と相棒洋ちゃんの声が頭の中で響いた。


「それで?私に相談しに来たんでしょ?」

 仕方が無いので先を促してやる。


 私の目の前に座るヘタレは、暫くの間「あぅ…うぅ、…えと」ともじもじする。

 根気よく待っていると、数分してようやくちいさな声で絞り出した。


「好きな……ひとが、できました。それで……」

「そっかそっか。それって有住ってことでいい?」

 びくんと、吉谷の身体が震え目を見開く。


「えっ、あっ、な、なんで、どうしてそれを……っ!」

「いや、見てたら分かるけど。あ、大丈夫。有住絶対気づいていないから」

「あ、そ、そうなんだ……」


 魂が抜けたように、肩を落としテーブルを見つめる。

 重症だなぁ。


「で、相談ってその、有住とのことよね?あの子と今後どうなりたいかにもよるんだけど」

「あ、その前にちゃんと確認しておきたいことがあって」

「ん?」


 決意したように、吉谷が私に向き合う。

 その瞳には、先ほどとは打って変わって強い光が備わっていた。

 いつもの吉谷だ。


「――さっちゃんも、有住のこと好きだったりするかな」


 今度はこちらが驚く番だった。

「はぁ!? どうしたらそんなことになるのっ!! んなわけないでしょっ!」


 しまった、びっくりして思わず大声を出してしまった。

 飼い主に叱られた猫が怯えるように、だってだってと吉谷が萎らしくなる。

 あぁ~~、そっか、なるほどね。それを気にしてたのか。

 本当、こいつは、聞きにくかっただろうに。

 思わず笑ってしまう。


 私は有住が犬養桜だということを知っている。

 多分、クラスでも学校でもそれを知っているのは私だけだ。

 有住もそのことは承知の上で、だからこそたまにふたりで配信の話や、学校での有住が墓穴を踏まないようにサポートすることを約束していた。


 それは時折内緒話をしているように映るらしく、いつも吉谷は複雑そうな顔で見ていたわけで。


 それもあるんだろうなぁ。

 心の中で吉谷に手を合わせる。すまん。


「そっか、良かった。念の為、洋ちゃんにも聞いといた方がいいかな?」

「あ、洋は大丈夫。必要ないよ」

 さらりとそう言うと、不思議そうな目で見つめられる。


「珍しいね。さっちゃんが洋ちゃんを呼び捨てにするの」

「……あー、元々中学からの付き合いだしね。たまにふたりきりの時は呼び捨てにするんだよ。ほんと、たまにだけど」

 そうなんだ、と吉谷はさして深く聞いてはこなかった。

 何だか少し、気を遣われた気がする。


「じゃあまず、状況を整理しよう」

「うん」

 また邪魔が入らないうちに、本題を進める。


「吉谷は有住とどうなりたいの?」

「それが、よく分かんなくて。でも、一緒にいたい。どんなかたちであれ。でもそのためにどうしたらいいか考えだすと頭がこんがらがっちゃって」


 どんなかたちであれ、一緒にいたい。

 ただそれだけのことだけど、それには現状多くの壁が控えている。


「分かったよ。取り合えず有住と一緒にいたいんだね。でも、それって簡単なことじゃないのは分かってる?」

「うん……」


「まず、春になったらクラス替えがある」

 途端に、吉谷の顔に不安の色が差す。

 目下の大きな懸念はそこだろう。

「でもまあ、私達は受験コースだから、そこまでクラスが大きく変わることもないとは思うけど」

 でも約束されたわけじゃない。


 折角せっかく、私の初詣のお願いをこいつらふたりの為に使ったのだ、勝手なお願いだけれど神様も何とかしてくれないだろうか。


「あと、多分有住の頭だと国公立大学を受けると思うけど、地元を受けるとは限らない。私立にするにしてもあの子なら選択肢は沢山ある。吉谷は有住ほど成績は良くなかったよね?」

「うん……」


 高校3年生に上がっても、その後の進学をどうするか。

 春を迎えると受験生になる私達には、分岐点がいくつもある。

 そこは吉谷も分かっている様だ。

 こう考えると、有住って才色兼備なんだなと改めて思い知る。


 多分、私が言ったこと、これから言うことなんて吉谷だって一通り考えたに違いない。

 それでも独りで考えているのが辛くて、私に助けを求めて来たんだと思う。


 それなら私は大切な友人の為にも、一緒に頭を悩ませてやるさ。


「あとはまぁ、そもそも女子が女子を好きになる。っていうこと自体が、私は良いとは思うけど世間一般にはまだまだおおやけにはしにくいよね。有住が “そう” なのかも分からないし」


 ――まぁ、これは念の為言っておいた方がいいでしょう。有住自身は、吉谷なら受け入れそうだけど。それでも、どうなるかは分からないし。


 吉谷は、ぎゅっと唇を強く結んだ。

 テーブルの下に隠れている両手の拳も、きっと強く握られているんだろうと想像に難くない。

「……それでも、がんばる」

「……うん。私も、応援するから」


 思わず身を乗り出して、その頭を撫でてしまいたい衝動に駆られる。

 吉谷ってどうしようもないところもあるけど、はたから見ている分にはとても健気けなげなんだよなぁ。

 不愛想な有住が徐々にほだされていったのも頷ける。


「悩んでても仕方ないね。懸念事項は沢山あるけどさ、要はどうなりたいかを見定めて、自分の力で何とか出来る部分に労力を全振りしたらどうかな」


「例えば?」

「例えばね。クラス替えは自分の力ではどうしようもない部分でしょ。だから悩んでても仕方ないわけ。でも勉強して進学の選択肢を広げるとか、有住と更に仲良くなるとかなら、吉谷の努力次第でどうにでもなるでしょう?」

「……なるほど」


 吉谷の瞳がきらきらしてきた。

 うーん、やっぱり可愛いな、こいつ。


「取り合えず今は告白を棚上げにするんなら……」

 こうして、私達は当面の間のやるべきことを考えて、策を練った。

 とは言っても、決めたのは勉強を頑張ることと有住と更に仲良くなるために一緒の時間を作ること、あとはこれまでと変わらず犬養桜をべた褒めすることくらいだ。


 最後の犬養桜のべた褒めは、「実は有住は犬養桜が結構好きで内緒にしている」という建前を吉谷に吹き込んでおいた。

 ……全くの嘘ではない。ちょっと心が痛むけど。


 吉谷は取り合えず「今日帰ったら冬休みの宿題に着手しなきゃ」と意気込んでいた。

 あー私もやんなきゃな。



 ファミレスからの帰り道、洋ちゃんにメッセージを打つ。

『ねぇ、明日空いてない? 宿題一緒にしない?』

 すぐには既読はつかなくて、スマホをコートのポケットにしまう。

 おそらく帰るまでには返事が来ているでしょう。


 ついでに明日、吉谷のことも話そうと思う。

 その点については別れ際、吉谷からも許しを貰っている。

 ――あいつ、面白がるだろうなぁ。

 にひひ、と笑う相棒の顔が脳裏に浮かぶ。




 私が最近、頭の片隅で気になっているのは、ふたりの可愛い友人のことだ。


 有住愛花と吉谷歩。

 うちの学校のミスコン1位と2位でありながら、当人達はそれを鼻にかけることもなく、むしろ全く興味が無い。


 このふたりからは、まだまだ目が離せなさそうだ。

 でも。


「うまくいくといいなぁ」

 空に向かってそう呟いて、白い息は空気にとけていった。


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