第3話 有住は、今年一年を振り返る


『それでは皆さん、良いお年を~♪』

 配信コメント欄が、おつかれさま、来年もよろしく、という言葉で埋まっていく。


 今年一年、本当にありがとうございました。

 画面に向かって深く頭を下げ、一礼する。


 現在時刻は、22時13分。

 パソコンの電源を落とすと、肩から一気に力が抜けていった。


 今日は大晦日だ。

 そのため、配信の中で今年一年の活動を視聴者とともに振り返ってみた。


 改めて振り返ると、今年だけでもVtuberとして色々なことをしてきたことに気づく。濃い一年を過ごしてきたなとしみじみ思う。

 歌ってみた動画をいくつか出したり、ゲーム実況やコラボ企画、雑談配信をしてみたり。


 ひとつひとつを振り返り、あの時はああだったよね、実はこんなこともあってね、とまるで友人に話しかけるように、画面の向こうにいる沢山の「誰か」に語り掛けた。


 カッコ悪いところも、良いところも全部、彼らには観られてきた。

 ひとつのエピソードを振り返る度、温かいコメントが沢山来て、色々な人が観てくれているんだと嬉しくなった。


 吉谷からのコメントも見つけた。

 先日の一件でハンドルネームが分かって以来、自然と目に留まるようになっているのだ。

 だからといって、特別扱いをして敢えて読み上げるようなことはしないのだけれど。



「あいー、年越しそば食べる?」

「食べるー」

 じゃあ準備するから来なさいな、という母の声に返事をして自室を出る。


 リビングに行くと、既に父がそばをすすっているところだった。

「あれ?お父さん帰ってたの?今年は年末休み?」

 父の前に座りながら尋ねると、「呼び出しがかかったらまた行くがな。それがなければ今年は休みだ」との返事。


 いつも多忙で家にいない父がいると、それだけで何だかそわそわして落ち着かない。

「どうだ。パソコンの調子は」

「ああ、いい感じだよ。ありがとう」


 そうか、と言って父はまたそばを啜る。

 私はこの後の会話をどうしたら良いのか分からず、無言で向き合う。

 母は私の前にできあがった年越しそばを置きながら「あなた達ふたりは本当に無口ねぇ。似たもの同士なんだから」と勝手な感想を述べて笑う。


「……」

「……」


「……どうだ、その、ブイ、なんとかってのは、順調か」

「あー、うん。“ブイチューバー”ね。コツコツ続けてるよ。仲間も出来たし、聞いてくれている視聴者の皆さんも、良くしてくれるし」

「そうか、まぁ、良かったな」

「うん」


 事務的な会話だけれど、私達父子おやこにしては話している方だ。

 仲が悪いわけではなく、母が居ないとなかなか話す話題も見つからない、というだけで、トークテーマさえあればそこそこ話す。


 だから誰かトークテーマを紙に書いて渡して欲しい。


「そういえば、最近また歌ってみた、ってやつ?出してたわね~。お母さん、それだけは聴いてるわよ。配信はよく分からないけど」

「そうなのか。あいは歌、うまいのか?」

「あー、ありがと。どうだろうね。練習はしているけど」

 俺も今度聴いてみるよ、そう言われるとこそばゆく、うん、としか返事ができなかった。


 両親は別に私の活動に反対はしていないし、口出しをしてくることもない。

 始める時にだけ、人様に迷惑はかけないように、配信は誰が見ているかわからないから言動には注意をして羽目を外さないように、個人情報の取り扱いには気を付けるように、と言われたくらいだっけ。


 あとは大分、自由にさせてもらっていると思う。


 はやく食べて部屋に戻ろうかと考えているところで、手元に置いていたスマホが震えた。


『さくたんの年末配信、良すぎた。もう今年思い残したことはない』

『あーはいはい。それ早くSNSで呟いてあげなよ。きっと犬養桜も喜ぶから』

『もう呟いた』

『そう』


 ふふ、と思わず笑みが零れる。

 あとで、いいね、を押しに行こうかな。


 目の前に座る父が、ちらりとこちらを見たけれど、何も言わずまた無言で年越しそばの残り汁を飲んでいる。

「彼氏から?」と母が発言した途端、父がむせた。


「そんなわけないでしょ!彼氏なんていないから!」

 視界の隅で、正面に座る父が何故かホッと胸を撫で下ろしたのが見えた。


「ごめんなさいね。いつもより可愛い顔してたから、つい」

 自分では分からないけれど、どうやらいつもとは違う表情をしていたらしい。

 途端に恥ずかしくなる。

 相手は吉谷なんだけど。


『ねぇ、吉谷と話す時の私ってどんな感じ?』

『へ?ふつう』

『ふつうかー』


 駄目だ、本人に聞いても全然分からない。

 その後も、父や母とぽつぽつと会話をしながら、時折、吉谷へとメッセージを打つ。だらだらとしたやり取りが続いていく。


 なんだか、来年も、再来年も吉谷とはこういう意味の無いやり取りをしているような気がする。

 こんな居心地の良さが、ずっとずっと、続けばいいと思う。




 年が明ける。今年が終わる。

 新しい年で、私は吉谷やさっちゃん、洋ちゃん達と、これからも仲良くしていきたい。

 初詣で、お願いしようか。

 『4人が、ずっと仲良くいられますように』と。

 クラス替えがあるから、正直なところ難しいかもしれないけどね……。


 テレビでは、もうすぐ年が明けるまでのカウントダウンが始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る