第2話 吉谷は、思いを馳せる



 私で全部、上書きすればいい。こんなことを考えているのって、変かな。



「おっと」

 クリスマスが終わり、年の瀬が近づく今日この頃。

 家族皆での大掃除の最中、床に転がり落ちたイヤホンを拾い上げる。


 外出先でも犬養桜の配信を聴くために、バイト代で奮発して買ったものだ。

 そういえば以前、イヤホンにすると、耳元で私だけの為にさくたんが話したり歌ったりしてくれているみたいで凄く良い、という話をしたら、有住が黙り込んだんだっけ。


 さくたんのカラーである薄花桜…はそうそうあるはずもないので、少しでも近いブルー系統の色で探して買った。

 メーカーとコラボしてイメージデザインのイヤホンを出しているVtuverもいるだけに、さくたんには早くそれくらい人気が出て欲しいものだ。


 その為にも、もっと応援しなくちゃ。

 ひとりでちいさく決意する。


「あゆ、ごめん、掃除終わったら夕飯の買い物行って来てくれない?」

 部屋に顔を覗かせたお母さんに、おっけー、と返事をする。


「もう大体終わったから、今から行くね」

「そう、ありがとう。外、雪が降り出したから、ちゃんとあったかくしていくのよ」

 わかった、と返事をしてダウンジャケットとマフラーを手に取る。

 手に持っていたイヤホンは、少し迷った後、上着のポケットにつっこんだ。




 外に出ると冷たい雪風に吹かれ、思わずぶるりと身震いする。

 マフラーに顔を埋め、ポケットの中に手を入れて歩き出す。

 耳あても着けてくればよかった。冷たい空気にさらされて、耳殻が痛い。


 ポケットの中で持ってきたイヤホンを転がしながら、さくたんの配信を聴き始めた頃のことを思い出す。


 あれは確か、去年の春休み頃だったはずだ。

 たまたまあがっていた切り抜き動画を適当に観ていたら、見つけた。


 最初の感想は、綺麗な声だな、ってくらいだった。


 でも、観続けてみると、音声が入っているのに入っていないと思い込んで開始前の発声練習をしていたり。

 かと思えば機材トラブルで音声が途中から途切れているのに、5分間ぐらい一生懸命話し続けていたり。


 色んなゲームにどんどん挑戦するも、下手くそだったり。


 初期はサムネイルが少しダサかったけれど、『皆にダサいって言われて悔しかったからちょっとだけデザインの勉強始めた!素材も沢山ダウンロードした!』と意気込みだしてからは、大分うまくなってきたり。


 一生懸命で、ポンコツなところもあって、日々頑張って挑戦している姿を切り抜きで観て、この子いいな、って惹かれたんだ。



 スーパーについて自動ドアをくぐると、大きなワゴンにちいさな門松かどまつや鏡餅が並べられていた。


 そういえば、クリスマス前のこのスペースには手のひらサイズのツリーと、ラッピングされたお菓子達が置かれていたっけ。

 そしてその時、脇には既に鏡餅も並べられていて、毎年の事ながら奇妙な感覚になったのを思い出す。


 有住の家も鏡餅とか食べるんだろうか。

 何気なくスマホを取り出し、メッセージを打つ。

 返事はすぐに返ってきた。


『有住んちって、鏡餅とか飾ったりする?』

『するよ。うち皆お餅好きだし』

『へー、どうやって食べるのが好き?』

『焼いて砂糖醤油が最強。いくらでも食べられる』

『太るやつ』

『やめて』


 マフラーに顔を隠しながら、クスリと笑う。

 有住となら、こんな些細なやり取りが楽しくてしょうがない。


 楽しくて、嬉しくて、温かくて、切なくなる。

 最近、有住のことを考えていると襲われる感覚だ。

 今だって、本当は会いたいし、声が聞きたいし、くっついていたい。


 親に頼まれた買い物メモを確認しながら、カゴにどんどん食材を入れていく。

 店内を暫く歩いていると、外気で冷えた身体も温まってきた。


 スマホがぶるぶると震えて、メッセージの着信を知らせてくる。

 見ると有住からで、『雪降ってるけど、今からジョギングに行こうと思う』というものだった。

 『風邪ひかないでよ。ほどほどにね』と打ち込んで送信する。

 本当に寒いから、ちょっと心配だ。


 クリスマスのあの日、有住は『……今年のクリスマスは楽しいなぁ』と呟いていた。


 有住の過去には、私の知らない有住がいる。


 私で全部、上書きできるといいのに。

 こんなことを友達相手に考えているのって、変かな。


 買い物を終え、レジの傍で食材を袋に詰めていると、またもスマホが震えた。

『雪が降ってるんだから、流石にやめなさい、ってお母さんにとめられた……』

『だろうね。私もちょっと心配だよ』

『んー、吉谷にも心配かけちゃうんなら、やめとく』


 会いたいなぁ。

 そう思うけれど、ぐっと堪える。

 ポケットに手を入れると、イヤホンが指に触れた。


 取り敢えず、帰ってさくたんの切り抜き動画を探そう。


 ポケットの中でイヤホンを転がしながら、雪の中を家路についた。

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