第4話 吉谷と有住の、クリスマス
「吉谷、そろそろ有住起こしてあげて。もうすぐ時間だからさ」
12月25日クリスマスの日、私達4人はカラオケに来ていた。
夜には駅前の大きなツリーとイルミネーションを見に行く予定で、今はそれまでの時間潰しだ。
有住はカラオケの部屋に入るまでは元気だったけれど、暫くするとウトウトとし出して、気づくと寝ていた。
昨日は結局深夜に帰宅したそうだ。
さっちゃんにお願いされ、私のすぐ隣で寝ている有住の肩を揺さぶった。
部屋の向こう側では、洋ちゃんがマイクを握って熱唱している。
有住は、何の夢を見ているのか、ちいさな声で何かを呟くもののなかなか起きる気配がない。
今日は集合して最初にカフェに入った。
その時に「昨日のイブは、楽しかった?」と聞くと「凄く凄く楽しかった!」と満面の笑みが返ってきて、何だか胸の中がもやもやとして、泣きそうになった。
自分でも訳が分からなくて、「あれ、吉谷目がうるうるしてるけど…?」との指摘に、鼻炎なのだと嘘をついた。
分からない。
分からないけれど何だか苦しい。
有住が、誰かの傍に居ることを想像するだけで、とても胸が苦しくなる。
誰かの傍で笑う有住を想像すると、気持ちが昂って、泣きそうになる。
「よし、たに……」
寝ている有住が、私の名前を呼んだ。
たったそれだけのことなのに、金縛りにあったように、ぴたりと、動けなくなってしまう。
やがてフロントから時間終了10分前を告げるコール音が部屋中に鳴り響いた。
有住の肩がびくりと震える。
「あ、えっと有住、起きて。もう部屋、出るよ。イルミネーション見に行こう」
ゆっくりと瞼を開いた有住は、とても眠そうだった。
ぼんやりと周りを見渡し、やがてすぐ隣に居る私の顔を見ると「あ、吉谷だぁ」と――とても嬉しそうに笑った。
その途端、ぶわりと胸の奥が熱くなり、どうしようもなく嬉しくなった。
ただ名前を呼ばれただけでこうなるなんて、私は一体どうしちゃったんだろう。
「フロントから電話ー。もうすぐ終了ですよ、だってさ。あ、有住起きたんだ。じゃ、そろそろ出るぞー」
さっちゃんの言葉に、へーい、と洋ちゃんが元気に返事をする。
私も、わかった、と返事をして自分と有住の分の荷物を持って、寝ぼけまなこな相棒の手を引っ張って立たせようと試みた。
立たせる為に有住の手を取ると、向こうの方からぎゅっと握ってくる。
「……」
せっかくなので、有住が立った後も手を握ったまま外に出た。
まあ、この子、寝ぼけてるし。
こんな状態でひとりで歩かせるの、危ないし。
なんか、ずっと嬉しそうににこにこしてるし。
……正直に言うと、私が手を繋ぎたかったから、というのもある。
「んぁーー」
「だいぶ寝てたね」
「いやぁ、ごめんごめん」
お陰様で良い夢が見れました、とおどける有住を見ながら、本当に良い夢だったのかな、と考える。
カラオケで寝ている時の彼女の様子は、まるでうなされているようだったから。
追究せずに、「それは良かった」とだけ言っておく。
もうすぐ駅前の広場に着く。
冷たい風が首元を掠めていく。
あまりの寒さに身震いして、思わず首を
「吉谷、見て見て!」
はしゃいだ声の有住が、繋いだままの手を引っ張った。
「――うわぁ。綺麗」
思わず声が漏れた。
大きなツリーは淡く光輝いていて、周囲のイルミネーションがキラキラと辺りを彩っている。
違う世界に来たみたいだった。
さっちゃんや洋ちゃん、有住も、目をキラキラさせながら沢山の光を見上げている。
私達みんな、まるで、ちいさな子どもみたいだ。
「……今年のクリスマスは楽しいなぁ」
有住がぽつりと呟いた。
「え?今まではどうだったの?」
そう聞くと、有住は苦笑いした。
ずっと手は繋いだままだ。
「吉谷さ、4月のクラス替え後の初登校の日、初対面の私に向かって、いきなり何て言ったか覚えてる?」
初登校の日?
確か、
“ありずみ”と“よしたに”だから、あいうえお順で割り振られる出席番号だと、私とこの子は教室の中で一番遠い位置に座っていた。
ああ、確か――。
「吉谷さ、『有住さんの声、すごく良い声だね、私その声好きだな』って言ったんだよ。物凄くびっくりしちゃった」
なるほど、確かに言った。
有住は、ツリーを見上げながら更に話す。
「たぶん私は、それが嬉しかったから、人付き合いが苦手でも今こうして吉谷といるんだと思う。――私、昔からあんまり友達いなくてさ。最近、昔の夢を思い出してあまり眠れないことがあったんだけど。さっきも…」
ああ、そうか。
だから、寝ている時の有住はあんなに苦しそうだったのか。
それなら、無理やりにでも起こせばよかった、と後悔する。
この気持ちが少しでも伝わればいいのにと、繋いだ手に力を籠めた。
「さっき寝ていた時も、最初はひとりぼっちで辛いな、寂しいなって思っていたんだけど、誰かが私の名前を呼んでくれてさ。――そしたらそれが、吉谷だったんだ。吉谷がいる先に、さっちゃんや洋ちゃんもいて、凄く幸せな気持ちになった。離れたくないなって思った。……吉谷、私と、友達になってくれて、ありがとうね」
「……」
「あー、吉谷、泣きそうになってる」
「有住、また吉谷泣かせたの?」
「ち、ちがっ!……え、これ、私のせい…?」
「いや、だって、有住が『友達になってくれてありがとう』なんて言うから……グスッ」
皆は、吉谷はよく泣くなぁ、なんて言うけどこれは正直反則だと思う。
嬉しくてたまらないし、ずっとこの子の傍にいようって心に決めた。
それを言葉に出すと、また皆から重い、って言われるんだろうけど。
「もー、有住たんは本当に可愛いなぁ。ちゅーしゃうぞっ」
洋ちゃんが懲りずに唇を突き出して有住に迫っている。
当の本人は、あからさまに嫌がって必死に顔を背けているんだけど。
「なんで皆すぐそうやってちゅーしたがるかな。昨日も散々……」
「……は?」
聞き捨てならない言葉が、有住の口から洩れた。
「はい、吉谷怒らない怒らなーいっ!」
「有住はモテるから……じゃ、なくて昨日は年上のお姉さんと過ごしたんだったよねっ!」
もういいじゃん、スキンシップなんだし、と洋ちゃんが面倒くさそうに言う。
そうだけど……、ずるくないか、それ。
「有住、私とはちゅーしたことないのに……」
「………」
「………」
「………」
「こ、今度ね……」と目を泳がせながら呟く有住を見て、さっちゃん達が堪え切れずに笑い出す。
「その時は私も見たい。その光景を」なんて言う洋ちゃんは無視する。
不貞腐れて頬を膨らませると、さっちゃんに
おい。
まあいいや、有住が楽しんでいるんなら。
向こうでイベントしてるみたいだから見に行こうよ、とさっちゃんの提案でぞろぞろと移動する。
何か温かいもの飲みたいね、甘いもの食べたい、と話しながら光の中を歩いていく。
ずっとずっと、手は繋いだままだ。
――私も、こんなに胸の奥があったかくなるクリスマスは初めてだよ。
心の中で、誰にともなく、そう呟いた。
==================
これにて第6章は終わりです。
お付き合い頂いた皆様、ありがとうございました。
また暫く期間があきまして、次は第7章を始める予定です。
次回も宜しくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます