第2話 聖クレアと、聖夜の配信

 ――沢山の人が来てくれてるなぁ。

 気を引き締めているつもりなのに、思わず頬が緩む。

 待機画面のコメント欄には皆のコメントが早くも流れ始め、接続者数もどんどん数が増えていく。


「さくちゃん、嬉しそうねぇ」

 少し離れたところで配信準備をしているクレアさんから声が掛かる。

 そういう彼女も、いつもより少し声が弾んでいて、今日を楽しみにしていたのが分かる。


 結局、今日の配信は時間制のコテージを借りて行うことになった。

 企画の内容的に、普通のスタジオじゃ設備が合わなかったからだ。


「そのままお泊りにしても良かったのにぃ」

 クレアさんが、本日だけでも何度目か分からない恨み節を零す。


 コテージを予約しよう、という話になった時からずっとこうなのだ。

 クレアさんとのお泊りは楽しそうで、正直グラついたけれど、――何をされるか分からないからね。

 お泊りすると多分、私の心臓が持たないから却下した。


 企画で使う必要な物資の下準備をしていた彼女が、私の傍に来て囁く。

「準備おっけーよ」

 たったそれだけのことなのに、上目遣いで覗き込まれてドキリとする。

 今日のクレアさんは栗色の長い髪をふわりと巻いて来ていて、結構気合が入っている。


 凄く可愛いし綺麗。

 まさに“綺麗な年上のお姉さん”だ。

 それでも、そんな彼女が今日の待ち合わせで開口一番、私に言ったのは「さくちゃん久しぶり。前に会った時よりもまた、更に可愛くなったわね」だったから、照れてしまった。


「ん?さくちゃん、どうしたの?」

 目の前に居るお姉さんに見惚れて何も言えない私に、クレアさんの顔がゆっくり近づく。

 ただでさえぴったりとくっついているのに、更に身体を押しやられる。


 あ、これわざとやってるな。


 手のひらで軽くクレアさんを押し戻す。

 気を引き締めないと。


「ちょ、離れてください。ふぅ……。よし、それじゃあ――配信、始めましょう!」


 楽しみにしていたクリスマスイブ配信が、始まる。





『皆さん、お待たせしましたー!犬養桜と!』

『聖クレアの~!』

『『クリスマスイブコラボ企画~!配信始まるよ~!!』』



『『『うぉぉおおおーーー!』』』

『『『待ってましたぁーーー!』』』

 コメント欄が湧いている。

 どんどん投稿される皆からのコメントが、あっという間に流されていく。



『うふふ~皆聴いてよ~。待機画面の時、さくちゃんたら凄い嬉しそうに皆からのコメント読んでてぇ~』

『……ッ!クレアさんッ!』


 それ、誰にも言っていない私の密かな楽しみだったのですが。

 早速、おおやけにされました。


 初っ端からペースを乱されてむくれつつも、本日の企画の説明に入っていく。


『……とまあ、早速今日やることの説明をしておくと、クレアさんと私でお料理をっ!していきますっ!』

『ゲーム配信とか映画の同時視聴とかも考えたのだけれど、クリスマスっぽくするなら、ふたりでクリスマスっぽいお料理を作ってケーキも食べましょうか、ということになり~』

『そうそう、決して私がゲームが下手クソだから嫌がったとかそういうのではなくてですね。そんな感じで、ふたりで協力して配信していきます。……ん?』


 ふとコメント欄を見る。

『さくたんが料理……だと?』

『取り合えずクレアがひとりで作るってことでおk?』

『さくたん、料理できないイメージしか湧いてこないわ…包丁持たせて大丈夫か?』


 何とも酷い感想しかなく。

 こんなに視聴者いるんだから、誰かひとりくらい、応援してくれてもいいんじゃないだろうか。



『うふふ、皆さくちゃんの心配してくれてて、優しいわねぇ~。大丈夫よ。下拵えは大体私でやったし、包丁はなるべく持たせないから~』

『……』

 これは、優しいというのだろうか。

 確かに、料理上手なクレアさんと比べたら、私はほとんどしたことないけれど。


 あと分かっていたけれど、私とクレアさんのスペックの差が早くも露呈してしまっている。

『クレアさんと一緒に頑張って美味しいの作るもん……』

 そう言いながら、隣のお姉さんの服の端を摘まむ。


 あらあら、とあやす様に言ったクレアさんの指が、私の頬を撫でる。

 なんだか今日は、出会ってからずっとこういうスキンシップが多いような気がする。

 コテージに来るまでも実はずっと手を繋いでおり、吉谷との日々の触れ合いで慣れてなければ、私は顔が赤くなりっぱなしだったと思う。


『どうしましょう、皆……。今夜、さくちゃんのことも食べちゃっていいかしら?可愛すぎるのよ』


 いいよー、と即座にコメント欄が埋まっていく。

 許可取る相手を間違ってないでしょうか。


 そうして、私の貞操を賭けた孤独な闘いが始まった。





 何だかんだで、料理の方は特に問題なく進んだ。

『ああ、さくちゃん、卵の殻がはいっちゃってるわよ~』

 特に……。

『さくちゃん、ちょっと焦げてきちゃってるから、そろそろ火を止めてお皿に入れましょうか~』

 問題……。

『あら、零しちゃった?大丈夫よ~後で拭いておけば』

 なく……。


『……私、自分のポンコツさが不甲斐ないです…』

『あら~』


 今作っているのは鳥の丸焼きとシチューとキッシュ、あとサラダだ。

 キッシュを作るために野菜を炒めれば焦がし、卵を割れば殻も入り、クレアさんからの指示が無ければ完成する気がしない。


 当の本人は、私の方も気にしながらシチューや鳥の丸焼きを作っている。

 あらかじめ下拵えまでしてきてくれてるんだもんなぁ。


『ああ、そんなこと気にしなくて大丈夫よ。お料理なんて、イブにさくちゃんと配信したいがための口実だし。私の視聴者にはもう言ってるし「料理時間短縮してさっさとさくちゃんとイチャイチャしたいから、事前に下拵えできるものはやってくわ」って』


 皆も、おっけーって言ってたわよ。

 そう話している間にも手際よくサラダを仕上げていく。


 もうこれほぼ全部クレアさんが作ったな。あと、それでいいのか、聖クレアの視聴者達よ。

 ――ああでも。


『まぁコラボの経緯とか端々の言葉に見え隠れする下心は置いておいて。……こんな風にクリスマスイブに一緒に過ごしたいって、誰かに言ってもらえるの初めてだったから、本当は凄く……嬉しくて、今日、結構楽しみにしてたんです。勿論、視聴者の皆と過ごすのも』


 だから、私は今日この場を作ってくれたクレアさんにも、視聴者の皆にも感謝している。

 まさか今日急に吉谷からも声が掛かるとは思っていなかったから、悪い事をしたけれど。明日皆で遊びに行くから、それで良しとしてもらうしかない。


 あの時の、――今朝の夢に見た、ちいさな頃の私が、今の私を見たらどう思うだろう。未来のあなたは、今こうして、素敵な人達に囲まれているのだと、伝えてあげたい。


『……』


 急に静かになったと思ったら、サラダを盛り付けていたクレアさんが手を止め、真顔でこちらを見つめていた。

 そのままゆっくりと近づいてきて、おもむろに私の手を取ると――ちゅっ、と手の甲にキスを落とす。


『ーーーーーッ!!!』

『……さくちゃんは魅力的な子よ。私があなたのを貰えて嬉しいわ』

 にやり、と笑うとまたすぐ作業に戻る。


 私が急に黙り込んだことで、コメント欄は異変を感じ取ったようだ。

『ん?良い話をしたと思ったら、さくたん、急に黙り込んだぞ。ミュートか?』

『あー、多分これ、うちのクレアが何かしたんだと思う。犬養のファンの皆、すまん』

『何をしたのか知らないけど、昨日の準備配信で色々と宣言してたからなぁ……』


 ちょっと待って何を宣言していたの。

 混乱していた意識が戻り、私を戸惑わせた犯人に目を向けると。

『てへっ』

 と可愛く舌を出していた。

 てへ、じゃないんだよなぁ。


 昨日は私も配信の準備をしていて、クレアさんの配信が観れていない。

 やっぱり油断は禁物らしい。


 とりあえずは。

『……クレアさんに、手の甲にちゅってされました……』

 皆にされたことを報告しながら、昨日したという宣言の答え合わせをしていこう。



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