第1話 吉谷歩は、拗らせる

 クリスマスイブ。

 私、吉谷歩はこの日に至るまでに日々の努力を積み重ねた。


 犬養桜――さくたんのクリスマスボイスの発売が始まったのは今週の始め。

 それとあわせてグッズの販売も始まった。

 勿論、即座に買った。


 さくたんの手元に届くのはクリスマス後になるかもしれないけれど、クリスマスプレゼントも買って運営会社にファンレターを添えて送ったりもした。


 それらの軍資金を得るために、今日のこの日までバイトのシフトも増やして資金を貯めた。

 それも全部全部、大好きなさくたんの為だ。


 スマホの待ち受け画面を見ながら呟く。

「あー、さくたん、可愛い可愛い可愛い、凄く可愛い……」


 私の待ち受けは、SNSで絵師さんが描いてアップしてくれた、最高に可愛いさくたん画像だ。因みに待機画面も、違う絵のさくたんだ。


「相変わらず頭がイッちゃってるねぇ……」

「洋ちゃん、あれは見たら目がダメになるから、見ちゃいけません」

 さっちゃんと洋ちゃんが、私をネタにして遊んでいる。


「ね、有住。吉谷がまた犬養桜を見てデレてる」

 さっちゃんが有住に報告する。

 皆、何でもかんでも私の行動を有住に報告するのは何でなんだろう。


「えっ?あ、ああ、いいんじゃ……ない、かな?」


 ――ん?

 ぱっとこちらを向いた有住に、違和感を感じた。


「でも、なかなか吉谷のさくたん好きは凄いよね。さくたんのグッズを買うためにバイト代使ったんだっけ?」

「まあね。そもそも、さくたんに投げ銭するために始めたし。クリスマスボイスやグッズ販売があることは前から知ってたから、シフトめっちゃ入れてたんだよねー」


「……だってさ。有住、どう思う?」

「……さっちゃんのいじわる」

 にやにやと笑うさっちゃんが、有住に問いかける。

 有住とさっちゃんの会話には、未だに私では文脈が読めないものがたまにある。


 それは今でも少し、面白くない。


 でも、今日は他の事の方が気になる。

 有住の傍に近づいて、そっとその頬にやわく触れる。


「有住、どうしたの?目の下にクマができてる。今日、寝てないの?」


 有住の目の下に、薄っすらとクマができていた。

 そのクマをゆっくりなぞると、くすぐったそうにして、私の手から逃げようと身をよじる。

 そんな有住の顔を両手で包み込み、自分の顔を近づける。

 もう一度、「大丈夫?」と問いかけた。


 有住は、あんまり自分の事を話さないから、たまに心配になる。


「あー、大丈夫、だいじょうぶ、だから……」

「だから?」

「よしたに、ちょっと、はなれてほしい……」


 はっと気づくと、至近距離に有住の顔があった。

 可愛い……じゃなくて、どうやら近づき過ぎたようだ。


 ごめんごめん、と離れると、顔を逸らした有住の頬が赤くなっていた。

 あー、なるほど。


「有住って実は照れやすいよね。顔を近づけただけですぐに顔が赤くなっちゃうしさ……って、ごめんなさぃ」

 すぐ目の前から、怒気を含んだ気迫を感じ、謝罪の言葉を述べる。

 有住は、怒らせると怖い。

 さっちゃんと洋ちゃんはそれを見てお腹を抱えて笑っている。


 あのふたりは、いつも思うけど私と有住を見ていて何が楽しいんだか…。


「あ、そうだ。有住、今日の放課後時間ある?」

 今日はクリスマスイブだ。

 明日は元々いつものメンバーで遊びに行く予定だけれど、空いているなら今日も一緒に遊びたい。

 こちとらバイト代でお財布には少し余裕がある。


「何か奢るからさ」

「うーん、ごめん。実は今日、先約があって」

 さっきまで怒っていたのが一転、ごめんね、と申し訳なさそうに両手を合わせる。


 イブの日に有住に先約があるという事に、思いのほか衝撃を受ける。

「誰と?家族ってこと?」

「えーっと、……知り合い、かなぁ?」

「知り合いって?他校の人、うちの学校の人?」

「あー、高校生じゃなくてね」

「え、……誰?」


「吉谷ー、ストップ」

 さっちゃんが私と有住の間に割って入る。

 入ってきたさっちゃんの制服の裾を掴み、あからさまにホッとした様子の有住を見て、胸の奥がもやっとする。


 あれ、私何で今こんなに凹んでるんだろう。

 でも、何だか、兎に角とにかく

 面白くない。


「明日のクリスマスは私らと遊ぶんだしいいじゃん。しかも明日から冬休みだしさ、その時にぱーっと遊ぼうよ」

「そうだけどさ……」


「有住も予定があるんだもんね」

 珍しく洋ちゃんが空気を読んだような事を言う。

 困ったように有住が笑っている。


 ――やっぱり今日は元気が無いような気がする。


「……有住、体調悪そうなのに、遊びにいくの?」

「……よしたにぃー!」

 少し強めに、さっちゃんがデコピンをしてきた。

 なんだよ、とおでこを押さえて抗議する。


「有住にも色々あるんだよ。……ヤキモチ妬くなっ!」

「あはは、吉谷、大丈夫だよ。私、今日、体調が悪いわけじゃないから。今朝ちょっと変な夢見ちゃってさ。あと、今日は私にとって結構大事な日で、ずっと楽しみにしてたんだ」

 勿論、明日皆と遊びに行くのも楽しみだけどね、そう言ってにっこりと笑う有住は、本当に楽しそうだった。


にはならないと思うから」

 その言葉に、何故かぎゅっと胸が苦しくなる。


「有住、念の為に聞くけど、それってこの間話してた仲の良い知り合いのだよねっ!」

 さっちゃんが焦ったように問いかける。

「ん?ああ、そうそう。……あー、そっか。イブに予定あるなんて言ったら誤解されちゃうよねっ!会うのは女の人だよー」

 へへへ、と照れたように有住が笑う。


「へ……?あ、な、なんだそっか」

 それを聞いて、安心している自分がいる。

 あれ、何でこんなにホッとしてるんだろう。


「それにさ、今日は犬養桜のクリスマスイブ配信があるって、この間から吉谷楽しみにしてたじゃん」

「うん、まあ、そうだけど……」

「言っとくけど私、一緒に配信聴く気、無いからね」

「うぐっ」


 振られてやんの、と洋ちゃんが笑っている。

 別にいいもん。ひとりで聴くから。


 今日の配信は、コラボが決まった時から絶対にリアルタイムで聴くと決めていた。

 相手が聖クレアというのが、さくたんに何かしそうで怖いけれど…。


 仕方がない。

 今日はひとりで、さくたんと聖クレアのコラボ配信を聴いて、クリスマスイブを楽しむことにしましょうか。

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