第6章

プロローグ 有住愛花という人は

 ――気がつくと、そこは小学校の教室だった。


 

 校庭から、遊んでいる子ども達の声が聞こえてくる。

 私は自分の机らしき席に座り、本を開いている。


 教室の隅では、数人の女子が集まって地べたに座っていた。


 楽しそうにお喋りをしている様子から、今はきっと、お昼休憩中の長い長い休み時間なのだと認識する。

 どこかで見たことのある光景だと、ぼんやりと思う。


「あ、愛花ちゃんもおいでよ。今、〇〇ちゃんのお家でクリスマス会しようよってお話してて」


 ふと、女の子達から声がかかる。

 愛花、と名前を呼ばれ、私に声が掛かっているのだと認識した途端、返事をしなきゃと焦りが生まれた。


 うまく、声が出せない。


「あ、えっと……」

「あ、本読んでたんだ。ごめんね!興味があったら後でこっちにおいでよ」


 その言葉に、こくん、と頷き俯く。


 何の邪気も無い、ただの会話。

 女の子達はまたお喋りに戻る。


 その目にはもう、私は映っていない。


 好きな漫画やアニメ、他のクラスの友達のこと。

 ちょっと気になる男子のこと。

 色んな話をしているのが、その会話の端々が、私の耳に届いてくる。


 今すぐ本を閉じて、あの輪の中に交ぜてもらえばいいだけだ。

 なのに、小学生の私にはそれができない。

 机に置かれた、自分のちいさな手を見つめる。


 昔から、人付き合いが苦手だった。


 苦手だから、本を読んだ。

 暇だから、勉強もした。

 ひとりで色んな事をして遊び、色んな事を考えた。


 新しい発見やわくわくする事、悲しい事はひとりでも体験できた。

 でも、それを伝える「誰か」は傍にいなかった。


 小学校を卒業し、中学校に入学しても、その状況はあまり変わらなかった。


 「誰か」に話したい事は増え、伝えたい想いは増えていった。


 Vtuberを知った時、――これだ、と思った。

 画面の向こうにいる「誰か」は無数にいた。


 その「誰か」に聞いて欲しい。

 嬉しかった事、悲しい事、わくわくする事、嫌だった事。

 「誰か」と一緒に気持ちを分け合って、繋がりたくて、伝えたかった。

 「誰か」に伝えたい、という想いが溢れた。


 Vtuberになることで、私は、違う自分に、なりたかった。


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