第5話 有住は、謎を解く
結局、吉谷が送ったメッセージの真相は分らずじまいだった。
あの後、珈琲やケーキを堪能し、あの先生の授業が退屈だとか、でも教え方は簡潔で良いとか、修学旅行が楽しみだとか話しているうちに帰宅時間になってしまった。
家に帰り、自室に入って早々、心地良い疲労を背負ってベッドにダイブする。
楽しかった。
思う存分話した満足感と、普段食べているファーストフード店とは違う珈琲とケーキの味とで、心と身体が満たされた感覚がある。
一部、一番の目的を果たせなかった、という点を除いては。
まぁでも、多分、私の記憶が正しければ──。
その時、枕元に置いていたスマホが短く、ブルブルと震える。
バイトが終わったばかりの吉谷から、スタンプが送られて来ていた。
お疲れ様、のスタンプを押し、次いでメッセージを書き込む。
『バイトお疲れ様。もう終わったの?』
『うん、今日はそんなにお客さんも入ってたわけじゃないから、片付けもすぐ終わってさ』
『そっか』
『今日、楽しかった?』
『うん、吉谷のバイトしてる姿も見れたし、さっちゃん達ともお喋りできたし、楽しかったよ。今度、バイトが無い時に吉谷も行こう』
『行く!』
間髪入れずに返信が来たのを見て、思わずスマホの画面を見ながら苦笑いしてしまう。
寂しがり屋だなぁ。
そう思うも、何処かでそれを喜んでいる自分もいる。
周囲からはよく、吉谷が私にくっついていると言われる事もあるけれど、私も結構、吉谷が居ないと寂しいのだ。
それこそ、あの子に気になる子がいる、と思うだけで不安になり、洋ちゃん達に指摘されるくらいには。
でもたぶん、あれは。
『吉谷。ちょっと聞いてもいいかな』
『なに?』
『今朝言ってた、昨晩の犬養桜の配信、聴いたんだけどさ──吉谷って、バイト先に好きな人がいるわけじゃないよね?』
投げかけてすぐ、既読マークが付く。
数秒間待って、吉谷から着信があった。
『もしもし』
『もしもし、私だけど。……違うからッッッ!!』
開口一番、鬼気迫る勢いで叫ぶ吉谷の声を聴いて、思わず通話のボリュームを下げる。
別にそんな必死にならなくてもいいのに。
──でも、ああ、やっぱりそうか。
昨日来ていた視聴者からのメッセージにはいくつかあって、つい先程、そういえば、と思い出したのだ。
『私が送ったのは、「最近始めたバイト先の女子の制服が可愛いから、さくたんに見せたい。うちの珈琲やケーキも美味しいから食べに来て」ってメッセージ!!!』
『あはははは』
『あははじゃないよ!だから今日、皆して私のとこに来て変な事聞いてきたのか……』
声を荒げる吉谷の通話に雑音が混じる。
バイト先からの帰り道に電話しているんだろう。
信号機の音や車のクラクション、微かな人の声が聞こえてくる。
歩きながら返事を打つより、通話が早いと思ったのだと思うけど、疲れているはずのバイト終わりに電話をしてきてくれた事に嬉しさがこみ上げる。
私は、想像上の相手に勝手に嫉妬していたのかもしれない。
『皆して私をからかってさぁ』
『違う違う。……少なくとも私は、ちょっと寂しかったかな』
『えっ、そんな事素直に言われると照れるんだけど。有住は私に好きな人とか彼氏ができると寂しくなるってこと?』
電話口で、にやけている吉谷の顔が浮かび上がる。
吉谷の言葉に、そうなのかもしれないと思いつつ、理由を探す。
『うん、多分そう。単純に、私が寂しいっていうのもあるけど……。たぶん、私は吉谷が犬養桜以外の人を好きになるのがイヤ……なのかな?』
『なのかな?……って、何でそんな疑問形なのよ』
吉谷の指摘はごもっともだ。
それでも、今はあまり深堀して考えたくない気がする。
幸いな事に、吉谷は特に気にしていない様子で話題はそのまま他の事に切り替わった。
話している間、通知画面にクレアさんからのメッセージが来ていたから、返信しなきゃ、と頭の片隅で考える。
今はまず、吉谷と話してからだけれど。
吉谷との通話は、あの子が家に着くまで続いた。
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