第4話 有住は、炎上を回避する

 大人の余裕漂うサラリーマン、優し気な雰囲気の大学生、お客様への対応が丁寧なバイトの先輩らしき人。


 お客さんふたりは常連のようで、吉谷が珈琲を持ってきたタイミングで親し気に話していた。

 先輩らしき人は、まだバイトを始めて間もない彼女を遠くから見守り、さり気なくフォローしている気配りが見られる。


「有住これ、誰が相手でも厳しいわよ。顔面レベル高っ」

「そんなこと私に言われても」


 注文を済ませてすぐに、私達は吉谷の「気になる人探し」を始めた。

 ――主に、嬉々として探していたのは洋ちゃんだけれど。


 それで洋ちゃんにピックアップされたのが先の3名だ。

 理由を聞くと、「何となく、顔がカッコいいから」だそうだ。

 推理としてはあまりにも短絡的過ぎないだろうか。


「だって、普段から一緒にいるのが有住だよ?それより他の人を選ぶなら顔面偏差値が高くないと、許せない」

「洋ちゃんの中で私のレベルってどれくらいなの」

「もー、有住は自分が可愛いことをもっと自覚しなきゃダメだよ!」

「きゃっ!……もう!」


 洋ちゃんが、座ったままいきなり私に抱き着いてくる。

 この子は本当に人にくっつくのが好きなのだ。

 そのまま頬ずりされそうになり、横から「ちょっと」とお冷を持ってきてくれた吉谷が止めに入る。


「あ、吉谷」

「他のお客様もいるんだから、大人しくして」

「はーい。ごめんなさい……」

 珍しく吉谷に注意され、素直に洋ちゃんが私から離れる。


 吉谷が他人の行動に口出しするのは稀だ。

 やっぱり仕事をしている時は別人みたいだと感じる。


 ふと、さっちゃんの方を見ると、顔がにやけそうになっているのを必死に堪えている。

 どうしたんだろう。

 何かあったのかと聞いても、いや、こっちの話、と言って教えてくれない。


「あ、そうだ吉谷。もし良かったら教えて欲しいんだけどさ」

「ん、何?」

「吉谷って好きな人いる?」

「!?」

「え、犬養桜だけど」


 洋ちゃんからの質問に、間髪入れずに即答する吉谷。

 その言葉には迷いが無い。

 そこまで迷い無く答えられると、本物の犬養桜としては照れてしまう。照れ隠しに頬を掻く。


「ふぅん。でもさ、ここのお客さん達も結構カッコいい人多くない?あの人とかさ」

 諦めない洋ちゃんはそう言って、店の奥に座る大学生をちらりと見る。


「ああ、あの人はいつもここで勉強しながら彼女さんと待ち合わせしてるの」

「……なるほど。あのサラリーマンの男性は?」

「あの人は、結婚しているよ。たまに綺麗な奥さんも連れてくる」

「……うーん、なら、あのバイトの先輩」

「ああ、あの人は同じ大学に片想いの人がいて……って、何、どうしたの。洋ちゃん、イケメン好きなの?」


「うん、ちょっと気になる……って、有住が」


 いや、洋ちゃん勝手に何言ってくれてんの。


 いきなり急降下で爆弾を投下され、反応が遅れる。

 ぎこちなく吉谷の方を見ると、「残念だったね。皆彼女や奥さんがいて?」と、冷たい目で問いかけられる。

 かつて吉谷からこんな扱いを受けたことはあるだろうか。いや、無い。


「……別に」

 居た堪れいたたまれなくて、思わず俯く。

 私も何でこんなことで焦っているのか分からないし、吉谷も何で少し機嫌が悪くなっているのか分からない。

 取り合えずは、店に入るまで感じていたふたりへの感謝は、撤回しようと決めた。


 その時、丁度良いタイミングで他のテーブル席から注文の声が上がる。

 お客様に返事をして去っていく吉谷の後ろ姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。


「ごめんねぇ、有住。ちょっとくっつき過ぎちゃったね」


 謝るところは、そこじゃない。

 そんなことを言っても仕方が無いので、「いいよ。慣れてるし」と返答する。

 クレアさんにされてきたことに比べれば、こんなの可愛いもんなのは本当だし。


「慣れてるって?」

「あー、えっと、知り合いにもっとスキンシップが激しい人がいて」

「――へぇ、その話、詳しく」


 途端にふたりが食いついてくる。

 こんな話なんかしても面白くないと思うんだけどなぁ。


 そう思いながら、かいつまんでクレアさんの事を“知り合いの年上のお姉さん”として話す。あの人からこれまで掛けられた言葉、されてきた事、会話を思い出すと、やっぱセンシティブだよなぁ、と改めて認識する。


 話している途中、さっちゃんは何かに気づいたようにハッとして、スマホを取り出しワイヤレスイヤホンで何かを視聴しだした。

 あー、たぶん、気づいてるね。私とクレアさんの過去配信観てるね。


「えっと……、有住、もしかして、クリスマスもその人と遊ぶ予定だったり…」

 気づいてしまったか。

「あー、うん。イブに一応約束してる。学校終わったら、待ち合わせてる」


 まあでも、何だかんだで仲の良い同期なので、結構楽しみでもあるのだ。

 話をする私とは対照的に、黙り込む目の前のふたり。


「え、何、どうし……」

「お待たせ致しました。ケーキセット3人分、持ってきたわよ」


 このタイミングで来るかぁ。

 余計な事を口走らないよう、目を走らせる。

 目線の先には、今まさに口を開きかけている洋ちゃんの姿。

 さっちゃんはこの場合、私の味方になるのは分かっている。


 洋ちゃんが言葉を発する前に、私の隣に座る彼女を背後から抱き込むかたちで手を回し、口を塞ぐ。

「ふが、ふが」

「……有住、何してんの」

 またふざけていると思われたのか、吉谷からの目線が痛い。

 さっちゃんは何かを堪えきれなかったのか、「ぶわっは!」と笑いだしてしまった。


 このままでは、ただ吉谷のバイトを邪魔しに来ただけになってしまう。

 目の前には吉谷が持ってきてくれたケーキセットが置かれている。

 気持ちを切り替えねば。


「えっと、ご、ごめんね。ほら、ふたりとも食べようよ。わー、美味しそう!」

 こちとら、いつもはこんな高いテンションじゃない。

 慣れない女子高生のキャピキャピとしたノリで、無理に雰囲気を変えようとしているのに。


「有住、あーんする?」

「しない」

「……でも、さっき言ってた年上のお姉さんには、アイスを食べさせてあげたんでしょ?」

「なっ、ちょっとさっちゃん!」


 ブルータス、お前もか。

 この短時間に二度も友達に裏切られるなんて。

 今日の私、厄日過ぎない?


「ねぇ、年上のお姉さんって何?いつも何してるの?あと、有住と洋ちゃんはいつもそんな距離が近いの?」


 珍しく、吉谷の声に怒気がめられている。

 この間からのごたごたから推測するに、ヤキモチを妬いているのは分かる。

 吉谷って、意外と友達への独占欲が強いんだな。


「あー、吉谷、明日、学校でぎゅってするから、ね?」

「!」


 ――これで少し機嫌が直った吉谷は、渋々といった様子ではあるけれど、嬉しそうに私達に会釈して、店の奥に引っ込んだのでした。結局、吉谷の気になる人は分からずじまいだ。






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