第3話 有住は、確かめに行く

 ――吉谷に好きな人がいるかもしれない。


 「バイトがあるから」と、早々に吉谷が帰った放課後の教室で、私はさっちゃんと洋ちゃんに向けてそう告げた。

 ふたりは「は?」という顔をした後に顔を見合わせ、そして同時に、何故か私を指さした。

 いやいやいや、私じゃなくて。


「昨日の犬養桜の配信で――……」

 一部始終を話すと、ふたりは納得がいかない様子で首を傾げた。


「それってさ、他の視聴者からも似たようなバイト系のメッセージがあったんでしょ?」

「そうなんだけど……。あとは男の人っぽい名前とか内容だったと思うんだよね」


 正直詳細は覚えていない。

 そりゃそうだ。

 まさかその中に吉谷が送ったものがあるなんて思いもしなかったんだから。

 となれば今日はもう早く帰って、配信を見直すか昨日読み上げたメッセージのデータを確認するか……。


「要するにさ……」

「うん、そうだね」


 私の目の前で、さっちゃんと洋ちゃんが目配せをする。

 しきりに頷き合っているが、私にはその意味が伝わっていない。


 一体何を――、と口を開いたところで、突然さっちゃんに首根っこを掴まれた。

「確かめに行くわよ。嫁が浮気してるかもしれないんだから」

「へ……?」


 まず、吉谷は私の嫁じゃないんだけど。

 そう反論する前に、「早く荷物まとめて」とさっちゃんが指示、洋ちゃんが私の荷物を手早くまとめる。

 あれよあれよと言う間に、私はふたりに半ば引きずられるかたちで学校を出た。

 向かう先は吉谷のバイト先だ。




 ――吉谷のバイト先は、駅の近くにある古い喫茶店である。


 昔から街の人たちに愛されている、少しお高い大人な喫茶店。

 お客さんも、学生よりもビジネスマンやマダム、って感じの人達が多い。


 要するに、高校生ひとりで来るには、少しハードルが高いお店だ。

 店舗の外装を見ながら、内心、無理やりにでも連れてきてくれたふたりに感謝する。


 ……別に、そこまで吉谷のことが気になっていたわけじゃないんだけれど。


 重厚な木材で作られたドアを押し開けると、カランカランとベルが鳴る。

 店内に足を踏み入れると、静かな曲調のBGMと煎りたての珈琲の香りに包まれた。思わず深く息を吸い込む。心地良い。


「いらっしゃいま――あ」

 レトロな給仕服に身を包んだ吉谷が、急に来た私達に一瞬目を丸くする。

 こちらがぎこちない動きでちいさく手を振ると、にこりと笑い、席まで案内してくれた。


 いつもとは違う落ち着いた雰囲気が漂っていて、まるで別人みたいだ。


 そのまま席まで案内してもらうと、周囲のお客さんの様子を確認して「なんでなんで!?三人で遊びに来たの!?」と声を潜めて話し出す。

 良かった。いつもの吉谷だ。

 何故だかそのことに安心する。


「吉谷のバイト姿見に行こう、って話になって来ちゃった」

 洋ちゃんが適当に誤魔化して理由を話すと、吉谷は少し照れながら「ゆっくりしていってね」と言い残して仕事に戻って行った。


「ふぅん、吉谷可愛いじゃん」

「そうだね」

「ここの制服って、ちょっとレトロな感じのロングスカートが可愛いんだよね。フリフリのエプロンも」

「そうだね」

「珈琲も美味しいんだよね。常連さんもいるみたいだし」

「そうだね」

「……有住、あんたさぁ」


 呆れつつも心配そうな顔をしたふたりに覗き込まれる。

 私の顔に何かついているのだろうか。


「有住さ、今自分がどんな顔してるか分かってる?」

「え、ううん。分かんない。変な顔してたかな?」

「何か、寂しそうな顔してる」

「あと不安そうな顔もしてる」


 ふたりにそう言われ、慌ててスマホのスリープ画面に映る反射で自分の顔を確かめる。

 ……確かに、少し表情が固い気がする。

 何でだろう。


 普段と違う顔の吉谷を見たからだろうか。


「……ん、まぁいいや。有住、取り合えずさっさと注文しようよ。折角来たんだしさ。それで、その後は――」


 ――吉谷が気になる人探し、しよっか。

 まるでゲームを始めるかのように、洋ちゃんが微笑んだ。

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