第2話 吉谷歩と、メッセージ
――結局あの後。
センシティブ発言を繰り出そうとするクレアさんを宥めようとした私は、
「何でもするから!」
と、恐らくクレアさんとの交渉時に一番言ってはいけないワードを言ってしまった。
その結果、彼女が要求したのはクリスマスイブのコラボ配信で、しかもオフコラボ。
『あ、お泊りにする?コテージとか、ホテルとか予約しましょうか~?』
『いや、近隣のスタジオ借りましょう。未成年なんで外泊はNGで』
『……ちっ』
『いま舌打ちしました?』
何故、クレアさんはそんなにも私とコラボがしたいのかは分からない。
同期なのもあるし、そもそも仲はかなり良いと思っているのだけれど。
ただ、当日の私は彼女から一体何をされるんだか、今から考えても頭が痛い。
いいようにされた数々の過去の記憶が蘇る。
あの時よりも、私は大人になったんだ。きっとある程度は躱せる…はず…多分。
きっと、希望は希望のままなのである。
私に残されている道は、腹を括ることくらいか。
真面目にしてたら、凄くカッコいいし優しいお姉さんなんだけどなぁ。
「どうしたの、有住。疲れてるじゃん」
昨日の配信を思い出し、クレアさんへの対応に頭を痛めていると、心配顔の吉谷が傍に寄って来た。
しまった、今は学校に居るんだった。
咄嗟に、昨日あまり眠れなくて、と誤魔化す。
本当にあまり眠れなかったから、嘘は言っていない。
「へー、珍しいじゃん。大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。昼休み少し寝れば何とかなるし」
それならいいけど、とまだ心配げな吉谷を手招きし、そのまま自分の膝の上に座らせる。
ふむ。
私と吉谷の背丈は、私が少し高いくらいでほとんどあまり変わらない。
膝の上に乗せると吉谷を見上げるかたちになって、目線の位置が変な感じ。
見下ろされるのって、不思議な感覚だ。
私に誘われるがまま膝上に来た吉谷は、安定する位置を探してもぞもぞと動き、やがて腰を落ち着ける。
彼女が僅かに動くたび、素肌の膝と膝とが擦れ合う。
私は吉谷が転げ落ちないように、お腹の位置に腕を回す。
ここ最近、この子が不安そうな顔をした時には、スキンシップを積極的にとるようにしている。
そうすると、私自身も安心することに気がついた。
吉谷のお腹に回した腕に、ぎゅっ、と力を籠める。
温かい体温が伝わってきて、なんだかこのまま眠ってしまいたくなった。
「そういえばさ」
「うん」
距離が近いため、吉谷の香りに包まれているような気持ちになる。
「昨日のさくたんの配信の話、してもいい?」
「……うん、いいよ」
私が動じないように、気を遣ってか断りを入れてくれる。
非常にありがたいぞ。
私が承諾すると、吉谷は嬉しそうに話し出した。
「昨日のさくたんの配信、他のライバーさんとの雑談コラボだったんだけどさ」
「うん」
知っている。昨日はそれでそのコラボ相手から散々な目に遭わされたのだから。今朝みたら、早速動画の切り抜きも上がっていたし……。
皆さん、仕事がお早いことで。
「視聴者からのコメントとかメッセージを読む感じで。んで、その中で昨日私のメッセージも読まれたんだよ!」
「……え、嘘っ!?あ、ああ、そうなんだ。良かったね」
「うん!バイトの話を送ったんだけどさ!さくたんが読んでくれて嬉しかったなぁ」
「それって因みにどんな……」
「あ、もう休み時間終わっちゃう。ごめん、私ばっか喋って。それじゃ、また後でね~」
そう言うと慌てたように吉谷は私の膝の上から飛び降り、去っていった。
あー、えっと。
昨日の配信で視聴者から来ていたアルバイト関連の話は何件かあって、そのどれも確か私が読み上げた。
以前、脚本を送ってきた時には匿名だったから、今回は多分ちゃんとハンドルネームをつけているはず。
吉谷のハンドルネームって何なんだろう?知らないや。
昨日読み上げたもののうち、女子から送られてきたものだと想定されるのは、今すぐに思い出せるのは1通ぐらいで。
『私は今、アルバイト先で気になる人がいます』
という、なんとも甘酸っぱい内容のメッセージだった。
――まさか、吉谷が。いや、さくたん大好きな吉谷に限って、ありえない……ってこともないのか……。えぇ~……。
眠気が一気に吹き飛んだ。
けれど、その後の授業は全部上の空で。こんなこと、真面目な私にとっては珍しいことだった。
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