第5話 有住は、間違える

 ――思い返せば、もっと早くに気づけたんじゃないかと思う。近頃の自分の行動をかえりみては、不甲斐なく思い、後悔する。




「さて、まず分からないところ、ある?」

 吉谷の部屋に来て一息ついたのも束の間、すぐに私達は課題に取り掛かった。

 科目は数学。

 吉谷自身も、以前の私とのあれこれを経て、授業は比較的真面目に受けている。

 ある程度は自分でやれるので、私は隣で都度サポートするだけだ。


 それにしても――ちらり、とプリントに向かう吉谷を盗み見る。

 今日の吉谷は機嫌が良い。

 心なしかウキウキしているようにも見えて、最近の元気の無さが嘘のようだった。


 しかも、「ありがとう」「有住が居てくれて良かった」といつにも増して感謝の言葉をストレートに言うもんだから、こそばゆい。

 誤魔化すように身体を揺らすと、私の肩がまた吉谷の肩に触れた。


「……」

「……いやいやいや、何でそんな嬉しそうなの。しかも無言でこっち見ないでよ」

「へへ、有住といると楽しいから」

「可愛いすぎでしょ」


 えへへ、と屈託が無く笑う吉谷は、流石うちの高校のミスコン2位なだけあって、可愛い。

 因みに1位は私らしいけど。


 それにしてもどうしたのだろうか。

 今日の吉谷は、素直すぎる。


 最近抱えていた悩みでも解決したのだろうか。


「最近、吉谷、何か悩んでなかったっけ」

「え?私?」

「うん。あれ、違った?」

「ああ、うん。確かに悩んではいたけど…。有住も、何かさっちゃんに相談してたんだっけ?」


 質問を質問で返される。

 これはちゃんと答えた方が良いのか一瞬、迷う。


「えーと、そう。あまり人に公に言えない、というか言いたくない事でさ。ごめんね。吉谷に何も言わなくて」

「……ううん、いいよ」


 あれ、ついさっきまで和やかな雰囲気だったのに、何故だか重たくなってきたぞ。

 吉谷のテンションが一気に下がったのが分かる。


「あ、吉谷、そうじゃなくて」

「……うん、大丈夫、だいじょうぶ」

 なんだか全然大丈夫じゃなさそうだ。

 俯きがちに、大丈夫、なんて言われて、はいそうですか、と見過ごせるわけがない。


 でもどうしたらいいのか。

 踏み込んでいいのか、ただただ慰めの言葉を探せばいいのか。

 でも慰めるにも、何で悩んでいるのか分からなくて、結局思考は振り出しに戻る。


 吉谷との距離感で頭を悩ませる日が来るとは思わなかった。

 しかし、次の言葉で私はひとつの解を得ることになる。


「さっちゃんには言えるんだ……」

 あ、これって。

「もしかして、吉谷を悩ませてるのって、私かな……?なーんて、そんなこと……」


 そう言った瞬間、ぐっ、と吉谷が言葉を詰まらせる。

 え?ほんとに?


「え?もしかして、私のせい?」

「ちが……わないけど。ごめん、気持ち悪いよね」

「気持ち悪いとか無いから、そんなこと言わないで!」


 思わず声を荒げると、ちいさな肩がびくりと跳ねた。これじゃ逆効果だ。

 もっと早くに気づけていたら。

 近頃の自分の行動を省みる。


「最近の有住、さっちゃんと仲良さそうだなって思ってて。ふたりが一緒にいる時、なんとなく入っていけなくて。でもそんな事気にする自分がイヤで、モヤモヤしちゃって」

「……」


 さっちゃんとは元から仲が良いから些細な変化だったと思うのだけど、傍に居た吉谷からすればその些細な変化が気になったのかもしれない。たぶん。

 取り敢えず、さっちゃんには相談事をして吉谷には言わないのは、確かに気にするよね。


 後悔しても、過ぎた時間は戻らない。


 しかも劇が終わってからずっと私、態度悪かったしなぁ。


 時折キツく当たっていたのも、やっぱり吉谷のストレスになっていたのかもしれない。

 そんな中での、内緒事だ。


 私と違って友達が沢山いる吉谷だ。

 私なんか放っておいても良かっただろうに。

 優しいんだよな。この子は。私の事、嫌いになってもおかしくないのに。

 でも吉谷には嫌われたくないな。


 あ、段々自分のダメさ加減を認識すると、悲しくなってきた。


 穴があったら入りたい。

 天岩戸あまのいわとみたいな頑丈なところに。

 私は天照大神あまてらすおおみかみじゃないけど。


 ――思考が混乱してきた。


 もしかしたらこれ、暫く距離を置いた方がいいのかな。

 これまでほとんど友達がいなかったから、どうすればいいのか分からなくなってきた。

 兎に角、吉谷とは仲が良いままでいたい。

 だからここは少し距離を置いて頭を冷やして――。


「……ご、ごめんね!こんなこと友達から言われてもって感じだよね。重いし、私自分でも何でこうなってるのか分かんなくて」

「あ、えっと。いいよ。吉谷、これまでごめんね。っと、取り敢えず私、今日は帰ろうかな」


「え?どうし……」

「吉谷に最近キツく当たってたし、さっちゃんにだけ相談事とかしてたし、気分悪くしたよね。本当にごめん!全部全部私が悪いんだよ。暫く頭冷やしたいから学校でも私達、少し距離を――」


 ――距離を置こう、と最後まで言えなかった。


 吉谷が、静かに泣いていたから。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る