第4話 有住は、吉谷が気になる

「有住、最近ご機嫌じゃんー」

「え、そうかな」

 放課後の教室で、ようちゃんが頬杖をつきながら、私の頬っぺたをつついてくる。


 そうかなぁ、と言いつつも、何となく理由はわかっているので、確かにそうかもしれない、と答える。


 最近、さっちゃんのフォローのお陰で、身バレ対策がしやすくなった。

 主に吉谷に対しての。


 吉谷は純粋に犬養桜を好きでいてくれる、大切な大切な視聴者だ。


 吉谷がさくたんの話をするのは、いつも配信を観てくれているからこそなのに、どうしても私はそれに対して過剰に反応して遮ってしまう。

 流石に、これはマズいと思っていた。


 でも、ひとりで吉谷のその熱量を受けとめるのは難しかった。

 だってあいつ、本当にさくたんが好き過ぎるんたもの。照れずに聞くとかほんとむり……。


 さっちゃんがフォローしてくれることで、吉谷の話をちゃんと聞いてあげられる。

 それは私にとって凄く嬉しい事だった。


 あとたまに、配信の切り抜きを観たさっちゃんがひそひそ声で感想を伝えてくれるので、こそばゆくて照れてしまうこともあった。


 さっちゃんは今、委員会の集まりがあって席を外している。今日はようちゃんとふたりで映画に行くんだそうだ。


 私はというと、明日までの課題が終わっていない吉谷のために勉強に付き合うことになっていた。

 吉谷も別の委員会活動があって、そろそろ戻ってくる頃だと思う。


 手持ち無沙汰なようちゃんは、会話の合間に私の頬や髪におもむろに手を伸ばし、何の気なしに弄ってくる。

 基本、無愛想な私にこうして絡んでくれるのは、吉谷を除けばようちゃん達くらいだ。


 このふたりも独特の空気感があるというか、落ち着きがあるので、何となく身をゆだねてしまう。


「……私さ、他の人からのスキンシップは苦手なんだけど、ようちゃんからのはイヤな気しないや」

「んんん?言ったな?それじゃこれも?」

 そう言うと私の頬をつまんで引っ張ってくるから、「痛い痛い!」と慌てて離れる。


 私の頬をつねった犯人は、くすくすと面白そうに笑っている。

 マイペースだな。


「ああでも、確かに有住は心許してないと他人と距離をとるよね。パーソナルスペースが広いっていうか」

「うん、距離の取り方が分からないっていうか。近すぎたり遠すぎたり、多分、人との距離感を掴むのが下手くそなんだと思う」


 ふーん、と首を傾げながらようちゃんが目線を反らす。 何か考え事をするように。


「吉谷とは、まぁまぁ距離感近いよね?でも、基本は吉谷が有住にくっついていってる気もするけど」

「まあ、確かに距離感は近いけど、そんなに吉谷とスキンシップってしてないと思う。あんまりベタベタはしないかな」


 怒って首を締めた事はあるけど。劇の後に。

 あれもスキンシップといえばスキンシップといえなくもない。


「意外……」

「いやいやいや、そもそも私がそういう、人との触れ合い?みたいなの苦手だし」

「有住、吉谷を大切にしてやるんだよ……。子どもって肌の触れ合いとかスキンシップで安心を得る生き物だから」

「私は吉谷を産んだ覚えはないが?」


 そんな話をしているうちに、吉谷とさっちゃんが教室に戻ってきた。

 一緒に帰り支度をしたけど、行き先が反対方向なので、校門前で別れる。


 歩き出して吉谷の方を見ると、少し嬉しそうに見えた。

 やってない課題をこれからやりに行くのに、何でこんな嬉しそうなんだ、こいつは。


 でも、ここ最近元気の無い姿を見ることが多かったから少し安心する。吉谷にも、私には言えない悩みのひとつやふたつ、あるのかもしれない。

 そう思うと、少し寂しい。


 ふと、先程のようちゃんの言葉を思い出す。

 ……。


 とん、と隣を歩く吉谷の肩に、自分の肩をぶつけてみる。


 吉谷はこちらを見て目を丸くしてから「珍しいね。有住の方からじゃれてくるなんて」と言った。

 私は何も言い返せなかった。

 吉谷が、凄く嬉しそうだったから。


 ―─吉谷は、子どもなのかもしれない。

 まぁ、そりゃ私達、まだ未成年なんだけど。


 そんな事を考えながら、今日の目的地である吉谷の家に向かった。

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