第3話 吉谷は、考え込む


 岩の間から滴る雫が、やがて大きな河になるように。

 些細な違和感から生まれた不安が、やがて大きな渦になり、私をどんどん飲み込んでいく。


 ここ最近、有住を見ているとモヤモヤすることが増えた。

 説明をすると曖昧な感情で、自分でもよく分からないのだけれど。


 例えば、いつものメンバーにさくたんの配信の話をする時。


 ほぼ毎回、有住が咳き込んだりジュースでむせたり、急に怒り出したりしていたのに、今ではそれはほとんどない。

 有住が騒ぎ出しそうな時に、「ありずみ…」とさっちゃんが窘めるようになったからだ。


 有住はその度にハッとしたような顔になり、気まずそうにさっちゃんに目配せをする。



 例えば、有住の姿を探して校舎内をさ迷っている時。


 たまたま通りがかった階段の踊り場で、さっちゃんが有住の耳元に唇を寄せて、ひそひそと話しているのを見つけてしまった。

 どろりと重たく粘ついた、自分でもよく分からない感情に飲み込まれそうになった。


 目線の先にいる有住は、少し頬を赤らめて、照れたように笑っていた。



 例えば、学校からの帰り道で、有住に「最近さっちゃんと仲良いね」と切り出した時。


 相談事をしているんだ、と微笑んだその顔を見て、ガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。

 「それって私に言えないこと?」と聞くと、「うーん、言えないかな。いつか言うかもしれないけど、まだ今のままがいいから」と濁された。


 私に言えないことを、どうしてさっちゃんには言っているの?


 私の方が、ずっと有住と色んな事をしてきたのに。

 有住の一番の友達は、私だったはずなのに。


 言いたいことが沢山沢山押し寄せてきて、口から零れ落ちそうになる。

 でも困らせたいわけじゃない。相談事ということは、今何かに困っているってことだと思うから。


 言いたいことをぐっと堪えて全部飲み込む。

 「そっか……」と返事をするのが精一杯だった。




『はーい皆さんこんばんは!心は狼、見た目は子犬。真面目な狂犬、犬養桜です。本日は――』


 いつもなら、さくたんの配信を観ていると癒されるのに、今日は何故だかこの声を聴くとどうしようもなく悲しくて、泣きたくなってしまう。


 相談事ってなんだろう。

 私に言えない事って何だろう。


 私には言ってくれないのかな。

 私じゃダメなのかな。


 配信を流したまま、ベッドの上にうつ伏せになり、枕に顔を押し付ける。


 もしかして、私と一緒にいることで周りの人にからかわれるのが、ストレスになって相談しているとか。

 劇の後、有住、凄く怒ってたし。

 常盤先輩からの次の公演依頼も、すぐに断っていたし。


 いつも私の嫁って言われるの、嫌がるし。

 私も私で、「有住なんかよりさくたんがいい」って言っちゃってたし。

 もう有住、私といるの嫌になったのかな。


 離れて欲しくないな。

 ――離れないで。離れないで。


 こんな事を考える自分が、気持ち悪い。

 今まで友達相手にこんなこと、考えたこと無いのに。


『はーい、それじゃあ、ゲームのプレイ始めるよ――』


 さくたんの声が、遠くに聴こえる。

 なんだか苦しい。息ができない。胸が苦しい。苦しい。


 さくたんの声が耳に届くたび、何故か胸が苦しくて苦しくて堪らなくなった。

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