第4章

第1話 有住は、困惑する



 ――ふぅん、うちの高校の修学旅行は京都なのね。


 11月中旬。

 とある朝のショートホームルームの時間。

 開始早々、担任が配布しだしたプリントに目を通す。


 配布されたプリントには、"1月実施予定の修学旅行の行き先は、京都に決定"という文字が記載されていた。


「班決めはまた来週のロングホームルームの時にやるから」

 担任のその言葉を終わりとして号令がかかる。

 ショートホームルームが終わった瞬間、弾けるようにクラス全体の雰囲気が色めき出した。


 ――自由行動どこ行く?

 ――私、清水寺行きたい。

 ――京都って、中学校の時も行ったよぉ。

 ――ねぇねぇ、同じ班になろうよー。


 2か月後の修学旅行への期待や様々な感情を含んだ声が、あちらこちらから聞こえてくる。


「有住ー」

 今は吉谷達がいるから良いけれど、中学の頃の修学旅行はどうだったっけ。

 ……友達、いなかったもんな。

 なんて昔の事を思い出していたら、いつの間にかさっちゃんが私の席のそばに立っていた。


「どうしたの」

「有住、今日の放課後、時間ある?」

「あるよ。どこか行くの?」

「うん、たまにはふたりでどっかカフェ行こ」

「あ、うん、おっけー。……ぅん?」


 OKしたのは良いけれど、ふと、違和感が頭のなかをちらつく。

 さっちゃんと私、ふたりで出掛けたことないんだよなぁ。


「珍しいね。さっちゃんが私とふたりでなんて」

「そうだね。ちょっと話したいことがあって……」

「有住ー、修学旅行の班一緒になろうよー。あ、さっちゃんも!ようちゃんはもう誘ったよ!」

「……」

「……」

「あれ?何か話してた?」


 何でもないよー、そう答えるとさっちゃんは私にだけ見える角度で「じゃあ、後でね」と口パクで告げていなくなる。


 あ、皆に内緒なんだ。


 さっちゃんの珍しく秘密裏な行動に戸惑いながら、私何かしたっけ、と少し不安になった。




 そして、 その日の放課後。

 帰り支度を手早く済ませ、少し離れた席にいるさっちゃんと目配せをする。

 あらかじめメッセージアプリのやり取りで、帰りのショートホームルームが終わったらすぐに教室を出よう、とふたりで決めていた。


 よし、行くか。

 そうして席から立ち上がった瞬間。

「有住ー、カラオケ行こうよー」


 にこにこ顔の吉谷に捕まってしまった。


「ごめん、先約があるから今日は行かない」

「えー、何の用」

「吉谷に関係の無い用事だよ」

「うー……」


 私にそう言われて、見るからにしょんぼりするのはやめてほしい。

 何だか後ろめたい事をしている気持ちになるから。


 ここ最近、先日の劇の影響で吉谷とセットで周囲からからかわれる事が多くなった。

 それと比例して私から吉谷への態度は冷たくなるので、少しキツく当たりすぎているという自覚はある。


 いやでも、全部こいつのせいなんだけど。


 普通、あんなに練習したのにプロポーズの言葉を言う相手の名前を間違える?

 シンデレラだぞ。シンデレラ。


 その後の吉谷は弁明で、「さくたん、って言いそうだったから咄嗟に有住の名前が出ちゃった」と言っていたけれど。


 そもそもなんでそこで私の名前が出る。

 それだけでも理解不能なのに、周囲の反応も更に拍車をかけた。


 ――ふたりが出たこの間の公演、かなり評判良かったから、またやらない?


 次はまた定番でロミオとジュリエットなんて、と脚本を抱えてきた常磐先輩のその申し出を、今度は丁重にお断りさせて頂いた。


 皆少しは、私の心労も配慮してほしい。

 特に吉谷は。




 とはいえ少しキツく当たりすぎているのも本当で。

 目の前でしょんぼりしている吉谷に向き合う。


「あー……、今のは私の言い方が悪かったね。今日はちょっと本当に予定があって……」

「吉谷。ごめん今日、私が有住に遊ぼうって言ってたんだ。だから有住を借りても良いかな?」


 私が吉谷の前で言い淀んでいると、さっちゃんから助け船が来た。

 ん?でも、私と出掛けるのにそもそも吉谷の許可はいらない。


「うーん。いいよ」

 そしてこいつも何を返事してるのだ。

「あの……。私、モノじゃないんだけど」


 まぁまぁ、良いじゃないの、とさっちゃんに軽くあしらわれる。

 助かったからいいけど。


「……」

「吉谷?」

「……どこ行くの?」

「いや、まだ決めてないけど、駅前のカフェとかでお喋りしようかと」

「ふーん、そっか」

「?」


 吉谷の返事が、いつもより少し歯切れが悪い気がする。

 さっちゃんもさっちゃんで、いつもならこういう場面は「じゃあ一緒に行く?」なんて誘いそうなものだけど。


 今日はそのつもりも無いらしい。

 本当に私とふたりだけで行くつもりなのだ。


 ……私、何かしたっけ?


 しょんぼりしている吉谷を残したまま、私とさっちゃんはふたりだけで教室を後にした。




「――で、話なんだけどさ」

「カフェに着いて早々、いきなり本題ですか」

「えー、だってさ。気にならない?私が何でこんなに有住とふたりきりでの話にこだわるのか」

 さっちゃんはいたずらっぽく笑って、メニュー表を私に手渡した。


「まぁ、そうだけどさ」

 あ、このケーキ美味しそう。でもパンケーキも良いかも。

 さっちゃんから受け取ったメニュー表を開いて注文ボタンを押そうとすると。


「――有住ってさ、犬養桜でしょ」


 ピシリと、身動きがとれなくなった。

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