第6話 吉谷歩は、素直な気持ちを吐露する
「……っと」
舞台上に出てみたは良いものの、セリフが出てこない。
当然だ。
この後の本当の流れはこうだ。
従者とともシンデレラ宅に訪れた王子は、この家にいる娘の人数を確かめ、姉達に“ガラスの靴”を履かせる。
当然、ガラスの靴に姉達の足は入らない。
ふと、王子は部屋の隅にもうひとり娘がいることに気づく。
王子は「娘が他にもいるなら」と、継母の反対を押し切り、部屋の隅で控えていたシンデレラにも履かせてみる。
すると持ち主であるシンデレラの足に靴はぴったりとはまり、その場で王子からの結婚の申し入れを受け入れハッピーエンド、というものだ。
だから靴がないと話が進まない。
うーん、どうしようか。
まぁでも、無いならないで仕方ないんだよなぁ。
段々、焦りで手のひらが汗でびちょびちょになってきた。
多分、こんな時にアドリブを入れたり、トラブルに強いのは、そもそも演劇部の皆だと思う。
でも。
私は、そのまま真っ直ぐ他の演者達の前を素通りして、隅にいた有住の前に跪く。
「――会いたかった。シンデレラ」
「……え?え?」
私が頼ったのは、有住だった。
有住となら、何とかなる。
『一緒に頑張ろうね』と、幕が上がる時に私に言った有住の顔を思い出したから。
「……戸惑うのも無理はありません。今はドレスも化粧もしていない姿だが、私は一目で分かりました。…例え、ガラスの靴など無くとも」
“ガラスの靴など無くとも”
その一言で、有住の方も合点がいったらしい。
ちらり、と私の背後に目をやる。
恐らく、舞台袖に控える常盤先輩達の方を見たのだと思う。
こういう時、改めて有住は頭が良いのだと気づかされる。
少し戸惑いながらも、有住がセリフを続ける。
「よく気づきましたね…。ですが、実際の私はみすぼらしく、こんな姿です。その私が王子様には釣り合うはずがありません…」
台本には無いセリフだ。
たどたどしく、戸惑うように吐き出されたその言葉は、実際、考えながら話しているからだろう。
有住なりに、次の王子からの結婚の申し出のセリフを言うために繋げてくれようとしているんだ。
これで告白しやすくなった。
すぅっ、と息を吸い込む。
ただでさえ緊張するセリフなのに、こんなトラブルの中で言うことになるのは誤算だった。
心臓がばくばくいっている。
正直、頭の中は今にも真っ白になりそうだった。
でもせっかく、さくたんも配信で演じてくれたんだ。
それを無駄にはしたくない。
自分を奮い立たせるため、一度ぎゅっと目を瞑り、開く。
この間の犬養桜と聖クレアのコラボ配信は、私の中に複雑な気持ちを残した。
ふたりが最後に演じたお話は、私が有住からアイデアを貰いながら投稿したものだった。
当日はリアルタイムで配信を聴いていたので、選ばれたと知った瞬間は、飛び上がる程嬉しかった。
でも、クレアさんのあの迫真の演技。
さくたんが、他の人からあんなセリフを言われているのを聴いて、居ても立っても居られなかった。
あのお話を投稿したこと自体を、後悔したくらいに。
同担拒否、ってわけじゃないんだけどなぁ。
周りに話すとまた、「キモイ」と言われると思う。
特に有住に。
最後のセリフを入れたのは私だから、ぜんぶ全部、自分のせいなんだけど。
――さくたん。
頭の中で犬養桜の姿を描き、想いを乗せて言葉を紡ぐ。
「私とあなたが一緒に過ごした時間はそう多くはありません。住む世界も違うかもしれません。それでも、私はあなたに惹かれました。あなたの一部の顔しか知らないとしても、恋焦がれました。こんな気持ちは初めてなんです。あそこに居た沢山の人達のなかで、やっと見つけた――あなたは私の、宝物なんです」
すらすらとセリフが出てくる。
ここまでの緊張が嘘のようだ。
自分の今のさくたんへの気持ちとセリフが、リンクしているからかもしれない。
改めて、さくたんのことが好きだと気づく。
「――だから、是非私とともに来て、お妃となってください。さくー……」
あっ、やっべ。
“さくたん”って言いそうだった。いま目の前にいるのは、有住だった。
「――有住」
「……へ!?」
ハッ、と気づいたけれど、もう遅かった。
見回すと、周りの演者は笑いを堪え、観客は目が点になっている。
当の有住はというと――耳まで真っ赤にして、俯き震えていた。
あ、これ、かなりヤバいかも。
「あ、あ、ありずみごめ…、有住じゃなかった、シンデレラ…だっけ?」
「…ぇえい、うるさい!ほんっっっとバカ!!名前を呼ぶなっ、連呼するなっ!!」
会場全体が、どっと笑いに包まれる。
『―――えー、コホン。こうして、王子とシンデレラは結婚し、幸せに暮らしました。以上で、演劇部秋季公演を終了致します。皆さん、出演者達に盛大な拍手をお願い致します』
機転を利かせてくれたアナウンスのお陰で、強制的に幕が下りる。
幕の向こう側からは、ずっと拍手や歓声が鳴り響いていた。
それを聞くと、ふつふつと達成感が湧いてくる。
ふぃ、なんとかやりきった。
額の汗を拭う。
私たちの劇は終わったのだ。
「よーしーたーにー!!!!!!」
いや、全然終わっていなかった。
鬼の形相をした有住に詰め寄られる。
その後、顔が真っ赤になる程激怒した有住に胸倉を捕まれ、周りが止めに入るまで揺さぶられ続けた。
平謝りしたけれど有住の怒りは衰えず、以降、2日間は完全に口も利いてくれなかった……。
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