第4話 犬養桜は、コラボ配信する
――コラボ配信の2日前。
私とクレアさんはSNSで募集していたオリジナル脚本の選定に入っていた。
勿論、今日までにも何度か打ち合わせは済んでいて、その度に、脚本の候補はピックアップしている。
本日は最終的な選定と練習、配信全体のバランスを考えた構成づくりだ。
「――で、流れとしてはこんなもんかなぁ。今回はさくちゃんの枠でやるから、サムネイル画像はお願いしていいのよね~?」
「はい。もうサムネはできているので、データ送りますね。よいしょっと」
「あら、お仕事はやいわねぇ。……ん、いいね。じゃあこれでいこっか~」
同期ということもあり、クレアさんとの打ち合わせはあまり気を遣うこともなくて、結構楽しい。
スキあらばエロネタを差し込んでこようとするので、削ぎ落としていくのが大変だけれど。
この調子なら、配信当日も良いものが出来上がると思う。
「あぁ、そうだそうだ。配信当日って1時間枠で雑談も入れて、ボイスドラマは10分×4本演じるじゃな~い?いま3つまで選定しているからぁ、あと1つ追加したいものがあるの。これよ~」
「どれどれ……、へぇ、うん、いいですね。やりましょうか」
「やったぁ、このお話、最後のセリフが気に入ってて~」
「へぇ、――あれ?」
エロネタじゃなきゃなんでもいいや。
その感覚でさらりと見てOKしたものの、クレアさんがピックアップしたその最後の脚本を読み、何かが引っかかった。
私はこれに似たお話を、最近どこかで見たような…?
――もしかしてこれは。
「どうしたの?さくちゃん?」
迷った末に、何でもないです、と答える。
思い出した。
これ、先月末に演劇部の部室で、吉谷と作ったラブストーリーだ。
「しかもあいつ、最後のセリフ……」
「何か言った~?」
「いいえ、何でもないです。……こうなったら、学校の劇の予行演習も兼ねてるんで、とことんやってやります!」
うふふ、元気ねぇ。やる気がある子、大好きよ。
透き通ったクレアさんの笑い声が、ヘッドフォン越しに耳に届く。
その声がとても心地良くて、クレアさんと同期で良かったなぁ、と思った。
――そして、配信当日。
『はぁ~い、というわけで、今演じたのは【ターゲットと恋に落ちてしまった女スパイの、許されざる恋の駆け引き】でした~』
『ベタだよねぇ、ベタだけど許されざる恋、ってのが良い!』
『裏組織に所属しているターゲットと、女スパイって構図も良いわよねぇ~。これは私とさくちゃんふたりで意見が一致して選んだもので~す』
クレアさんが演技をリードしてくれたおかげで、配信は順調に進んでいく。
途中、噛んだり言い間違えてしまうこともあったけど、合間合間の雑談でクレアさんがツッコミを入れてくれたから、引きずることもなく切り替えられた。
そういう時、クレアさんの存在に助けられて安心するし、実力差に悔しくもなる。
兎にも角にも、すごく楽しくて、あっという間に次で最後のお話となった。
『さあ、はやくも次で最後のお話になります!これは、クレアさんが選んでくれたものだね。コホン。じゃあ、準備はいいかな?』
『OKで~す』
『それじゃあ、最後のお話、スタート!』
最後に演じるお話は、私と有住が稽古の合間に作ったものだった。
投稿するなら投稿するって言えよ!
と心の中でツッコミを入れながら、演技に集中する。
これは、幼馴染の女の子ふたりのお話だ。
ふたりの出会いは、クレアさん役のちいさな女の子が、私の住む町に引っ越してくるところから始まる。
なかなか友達ができずに公園にひとりでいるクレアさんのもとに、私が演じる女の子が声を掛けたことで仲良くなっていくのだ。
そこからふたりはずっと一緒に成長し、高校生になるんだけど。
ある日、私はクレアさんに質問する。
『ねぇ、クレアは宝物ってある?』
『……あるわよ』
『え、なになに、教えて?』
『……うん、いつか教えてあげるね。すごく、すごく大切なものだから』
そうしてクレアさんは私に宝物を教えてくれないまま、ふたりは高校卒業を迎える。
そして卒業式の日。
『さくちゃん!』
『クレア、卒業おめでとう』
『さくちゃんも、卒業おめでとう』
ふたりは卒業証書とお祝いの花束を片手に、抱き合う。
『ああ、そういえば私、クレアの宝物、ずっと教えてもらえないまんまだったな。一体何なの?』
『あー…それかぁ。言わなきゃだめ?』
『教えてよ』
『うん…あのね、私の宝物はね』
ここで、クレアさんが静かにすぅっと息を吸い込む。
その微かな息遣いを聴きながら、私の鼓動の音が、マイクに届きませんようにと切に願う。
『私の宝物はね、さくちゃん、あなたなの』
『え?』
『ひとりぼっちだったちいさい頃の私に、光を与えてくれた。私の傍にずっといてくれたあなたが、私の大切な宝物なの』
『クレア……』
ぼっ、と顔に熱が集まる。
演技だと自分に言い聞かせ、待ち構えていたのに、心拍数は一気に跳ね上がった。
ヘッドフォン越しにこんな良い声で、こんなことを言われて赤面しない人いる!?
私の今のリアルな表情を、誰にも見られなくて良かったと、心底思った。
『――はい。ということで、皆さんお楽しみ頂けましたでしょうか~。さくちゃんとのコラボ配信での演技は初めてで――』
あとは、予定していた通りにクレアさんが取りまとめてくれて、お互いに感想を話し、配信は終わった。
正直、最後の最後でメンタルにキた。
コメント欄には『てぇてぇ』『さすが“聖さく”コンビ』と投稿があり、視聴者の反応は上々のようだ。
でも、かなりメンタルを削られた。
身体中がむず痒くて仕方がない。
友達とだって恋バナなるものを、ほとんどしたことがないのに。
まぁ、これまでそもそも、そんな友達がいなかったからなんですけどね。
「うぁ~~、恋愛経験ゼロの私にとって、最後のはかなりしんどかったです……」
「そうねぇ、モニターの前で赤面しているさくちゃんの姿が、容易に想像できたわ~」
で、どう?学校の舞台も頑張れそう?
そう優しく聞いてくれるクレアさんは、何だかんだで私が悩んでいたことを覚えていてくれているあたり、面倒見がいい。
やっぱお姉さん気質なんだよなぁ。
「……はい。来週の本番、本気で頑張ります」
「そう、良かったわ~」
クレアさん、ありがとう。
背中を押してくれる同期に感謝して、取り合えず明日は吉谷に投稿の件を問い詰めようと決意した。
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