第3話 吉谷歩も、腹を括る
ぺらり。
台本のページを捲りながら、思わず溜息が出る。
目線の先では、眉間に皺を寄せながら有住が台本と睨めっこしている。
あんなにイヤがっていたのに、やると決めたら切り替えが早いのも有住の良いところだ。
それが凄く羨ましい。
「あー、もう!またあの猫っ、勝手に入ってきてる!」
その声に、びくり、と身体が反応する。
常盤ヒカル先輩。
只者じゃない威圧感と雰囲気を醸し出す人だ。
ミスコンで選ばれたから劇に出ろ、という話をされたとき。
最初、私は有住だけを生け贄にして逃げようとしていた。
けれど。
「吉谷さんは?どうするの?」
そうやって、器用にも声色だけは優しく問いかける常盤先輩の目は、否定の言葉を許さない目だった。
チキンな私がそれに対して断りを入れることなんて、できるハズがない。
後から「やっぱ無理です」と言いに行こうとしたけれど、翌日には大々的に私と有住の写真入りポスターが玄関ロビーだけではなく、全学年の廊下に貼り出され、逃げ場が無くなってしまった。
さっちゃんが言っていた「諦めな……」という言葉の意味を痛感する。
「うぅ……」
この際、やるとなった以上は仕方ない。
けど、でも、だけど、どうにもセリフが覚えられなくて困っているのだ。
「っとに、吉谷さん、あのノラ猫、よくあちこちに忍び込んではイタズラするから、見かけたら追い出してちょうだい」
「あっ、は、はいっ」
常盤さんは息をきらして手をはたく。
どうやら部室に忍び込んだノラ猫を外に追い出してきたらしい。
確かに、さっき見たときは部室にあった舞台道具のブローチを咥えたりして遊んでたな、あの猫。
それよりも。
ちらちらと私の傍に来た常盤先輩を盗み見る。
「あら、なに?私に話しかけられただけでそんなに怯えなくてもいいじゃない。別に獲って食おうとしているわけじゃないんだから」
「はい……」
「有住さんはもう普通なのにね……。そういえば、あの子って演劇か何か経験あるのかしら?」
「え、いえ、分かりませんけど」
「ふーん、そっか。あの子、あまり喋るようには見えないのに話し出したら淀みなく言葉が出てくるし、言葉の抑揚のつけ方も結構上手いのよね。なんか、人前で喋り慣れてるって感じ」
「へぇ、意外……」
有住にそんな特技があったとは。
ただのネクラなパソコンオタクじゃなかったんだな。そんな事言ったらまた怒られそうだけど。
それに比べて、私は……。
「私は、動画とかの映像を見るのは好きなんですが、言葉で物事を覚えたり表現するのが苦手で……。台本を見てもそもそもあんまり本を読まないから、感情がのってこないんですよね。だから正直いま、手こずっています……へへ」
そう。
動画や漫画が好きな私にとって、台本の文字から自分で作り上げて演じる演劇は、正直向いていないと思う。
ほんとはもう、早く帰ってさくたんの配信が観たい。
「ああ、なるほど。観るのが好きなのと演じるのとではちょっと違うもんね。それなら、身近な人に置き換えて想像すればいいんじゃない?そもそもあなたの相手は有住さんなんだし、頭の中で相手の名前を有住さんに置き換えるとか」
「えっ、そんなこっぱずかしいこと……、いや、でも、その方がまだ楽……かな?」
「そうそう、既存の役になりきれっていうよりは、自分なりに親近感をもって演じられるようにイメージを作り替えてやった方がいいわよ」
「そうですね」
試しに、有住を相手として想像してみる。
今回の演目はシンデレラで、私が王子、有住がシンデレラだ。
言うまでもなくラブストーリー。
……うーん、申し訳ないけど、有住相手だと抵抗があるな。
確かに仲はいいけれど、あいつは恋人っていうより親友、って感じだし。
そこで試しに、愛しの犬養桜を当てはめてみることにした。
意地悪な継母と姉達に日々虐げられるさくたん。
「……私がさくたんを、幸せにしてみせるっっっ!!」
遠くで有住がびくついた気がするけれど、これなら大分気持ちが入る。
すまん、有住。
イメージはさくたんでいかせてもらうわ。
そこから劇的にセリフ覚えは順調になった。
有住も大体覚え終わったらしく、皆で台本片手に立ち稽古をすると、結構スラスラ言葉が出てくる。
……たまに「さくたん」って言ってしまうこともあったけど。
有住も私の様子を見て、犬養桜をあてて演じていると気づいたらしい。
私がさくたんの名前を出してしまう度に「本番では言わないこと」と言いつつ、フォローしてくれた。
何故か顔が赤くなっていたけど。
なんで有住が恥ずかしそうにするんだろう。
「凄い、凄いよ吉谷さん!めちゃくちゃ言葉に気持ちがのっていて、いい感じじゃん!」
「へへ、この調子で頑張ります」
やっと何となくの感情はつかめてきたけれど、あともう少しイメージが欲しい。
特に最後の、告白シーンのところ。
告白なんてしたことないから、どういう風に言えばいいのか分からない。
そう思いながら休憩中、SNSのチェックをしていると、犬養桜のコラボ配信のお知らせが流れていた。
ああ、そういえば脚本募集してたんだっけ。
「……」
ちらり、と手元の台本に目を落とす。
いやいやいやいや。
いやいやいやいや。
「……」
「吉谷、うずくまって何してるの?」
「有住、何かエモい話か感動的なラブストーリーを今すぐ考えて」
「へ?何それ。あ、んじゃあ……」
「考えてくれるんだ……」
そうして有住と考えたお話をポチポチと打ち込んでいく。
「あ、私、次すぐ出番だからいくね」
「うん、ありがとう」
有住を送り出した後に、私は最後のセリフを付け足す。
ここが一番、大事なところだ。
送信、と。
選ばれても選ばれなくてもいい。
でも、もしさくたんがこれを選んでコラボ配信で演じてくれたら…。
「最高過ぎてしんじゃうかも……」
来月の公演へのやる気が、少し出てきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます