第3章
第1話 有住と吉谷、劇に出る
「……へ?」
「だから、今年の校内のミスコン、有住さんと吉谷さんが1位と2位になったのよ。しかも3位以下に大差をつけて……ね」
私達ふたりにそう告げると、目の前に立つ常盤先輩は、にっこりと笑った。
え、えぇぇ~~~……。
10月も下旬になった、とある日。
私と吉谷は、何故か演劇部の部室の真ん中で立ち尽くしていた。
お昼休みにいつものようにさっちゃんやようちゃん達とご飯を食べていたら、3年生の演劇部部長である、常盤ヒカル先輩から呼び出しがかかったのだ。
私も吉谷も2年生だ。
部活にも入っていないから、3年生から呼び出されるような覚えなんて全く無い。
常盤先輩の事も、さっちゃんの幼馴染、という程度しか知らない。
眼鏡でツインテールということもあり、一見すると地味に見えるが「演劇部のキレ者」という噂のある人らしい。
なんだろうね、とふたりで話しながら部室に出向いたら、冒頭の言葉である。
隣を見ると、吉谷も口をあんぐりと開けている。
ほんとアホヅラだ。こいつに投票した奴は、普段のこいつを知らないんだろうな。
「あの、常盤先輩、何かの間違いでは」
「んなわけないでしょ。投票経過は1週間前に玄関ホールに貼り出ししてたじゃないの。見てないの?」
「は、はい……」
「わ、私も実は見ていないです……」
「あんたたち……」
常盤先輩が大きな溜息を吐く。それに合わせてツインテールがゆらゆらと揺れる。
私も吉谷も、正直学校行事にあまり興味のあるタイプじゃない。
そういえば玄関ホールへの掲示も、あったような気がするけど視界に留めたことはなかった。
「はぁ、もういいわ。でも、流石にこの学校の伝統については知っているでしょう?」
「……毎年10月頃に生徒会が主催する校内のミス、ミスターコンテストで共に1位になった男女が、その年の演劇部秋季公演で主役をするんですよね」
「そう、それはちゃんと知っているのね」
「で、でも、それなら劇に出るのって有住だけですよね!」
あっ、こら。こいつ自分だけ逃げるつもりだな。
じとりと隣を睨むと、気まずそうに吉谷が目を逸らす。
友達甲斐のない奴め。
そうなんだけどねぇ、と常盤先輩が眉間に皺を寄せる。
なんだろう。……イヤな予感がする。
「勿論、私達演劇部も、最初はミスターに声をかけたわよ。念の為にね」
念の為ってなんだ。念の為って。
「でもね、ミスター部門で1位をとった男子が言うには『百合に挟まる男にはなりたくないから』って、断られちゃったのよ」
「うっわぁ~……」
「なによそれ!」
「しかもね。あなた達ふたりは興味が無さそうだから、投票期間があったことも知らないと思うけれど、投票者達からのコメントで、あなた達ふたりで主役をして欲しい、って要望がいくつかあって」
「うそだぁぁぁぁあああ!」
「まじか……」
「演劇部としてはオイシィ…じゃなかった。コホン、そういうのもたまには面白いんじゃないかなと判断したわけ」
「今、オイシイって言いませんでした?」
「言ってないわ」
だから、申し訳ないけどやってくれないかしら。
そうにっこり笑う常盤部長は、言葉ではそう言っているけれど、全然申し訳なさそうには見えない。
眼鏡の奥で光る目には、怪しい色が宿っている。
咄嗟に断ろうとしたけれど、部室に来る前にさっちゃんから言われたことを思い出す。
『ヒカルは、一度やると決めたらとことんやるし、しつこいから…。目をつけられたら諦めた方がいいよ』
常盤先輩の幼馴染だというさっちゃんが言うんだから、恐らくそれは本当だろう。
ていうか、さっちゃん、多分このこと知ってたな。
「……分かりました。やります」
「げっ、有住っ!」
「うふふ、ありがとう、有住さん。吉谷さんは?どうするの?」
「ぇえ?あの、あーっと。有住が……やるなら……やり、ます……」
偉いぞ、吉谷。
恐らくこいつがいま承諾したのは私を気遣ってのことではなく、小動物としての危険察知能力が働いたんだろうけど。
「そう、それじゃあ、ふたりとも宜しくね。くれぐれも、やっぱり途中でナシ、なんて言わないようにね。そうなると多分、投票してくれた数百人の生徒達が、がっかりすることになるから」
じゃあ、台本は後日渡すわね、と言われて解放された私と吉谷は、ちいさくなりながら頷くことしかできなかった。
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