第5話 吉谷歩は、気づく


「有住!」

 背後から名前を呼ぶと、びくり、とその肩が震えた。

 昨日のさくたんの配信からずっと有住に話したい事があった私は、教室に入ると鞄を置くのも後回しに、あいつの机に駆け寄った。


「ねぇ、有住、おはよう」

「うぁ、あ、おはよう、吉谷」


 私からの挨拶に振り返った有住は、ギギギ、と音がしそうなくらい動きがぎこちない。

 顔もなんだか気まずそうで、目線はあさっての方向を向いている。


「どうしたの?」

「いや、何でも」


 顔を覗き込むと背けるので、更に近づいて迫ってみる。

 右に顔を背ければ、右に。

 左に顔を背ければ、左に。


 またもや私が何かしでかしてしまったのかと不安になる。

 怒っているわけじゃなさそうだけど…。

 しまいには俯いてしまったので、有住の顎をくい、と持ち上げて無理やりこちらを向かせてみる。


 あ、なんかこの距離、キスできそう。

 身を乗り出してそんな事を考えていたら、流石に身体を押し戻された。


 やり過ぎたか。

 少し反省する。

 まぁ、私だって有住とキスをするよりさくたんとがいい。

 そう考えただけで、ポンと自分の顔に熱が集まる。


 ダメダメダメダメ!

 さくたん相手にそんな事を考えるなんて、不純すぎる。


 もっとも、実際に犬養桜と出会ったら、こんな気安く触れることさえできないだろうけど。


「……?」

 私が赤面しているうちに少し持ち直したのか、怪訝そうに有住が「どうしたの」と聞いてきた。

 ああ、そうだった。

 今日は、登校したらすぐ有住に話したかったことがあるんだ。


「あ、ねぇねぇ有住!昨日、さくたんの配信でさ!」

「……あぅ」

「さくたんも昨日、友達と新しいパソコンでゲームしたらしくて!まさに昨日の私と有住みたいじゃんと思ったら、嬉しくて……て、どうしたの?」


 机の上に沈み込んでしまった有住の肩を叩く。

 おーいおーい、と揺さぶると、何でもないから少し寝かせてくれ、と返ってきた。

そういえば、目の下にクマがあった気がする。


「大丈夫?」

「うん…自分自身の浅はかさを呪うのと、それでも取り合えずは事なきを得て安心した気分だから」

「ぅん?」


 良く分からないけど、体調があまり良くないなら後で保健室に連れて行こう。

 そう思いながら有住の頭を撫でてやる。

 有住に元気がないとつまらない。


「有住、保健室に行きたくなったら言ってね」

 頭を撫でながら、有住の長い黒髪に指を通す。

 さらさらと私の指から零れ落ちる髪は、有住の体温がのっているからか、少し温かい。

「ちょっと寝不足なだけだから大丈夫だよ。ありがとう」

「ん」


 その言葉の通り、お昼休みにはいつもの有住に戻っていた。


「さくたんの友達もパソコン買ったんだねぇ」

「ごふっ!!」

「そうそう、それでゲームが上手かったって言ってた」

「へぇ、そうなんだねぇ」


 お昼休み、皆でご飯を食べている時に、私はまた昨日の犬養桜の配信について話をした。

 いつも一緒に行動することが多い有住とようちゃんとさっちゃんのうち、さくたんに興味を示してくれるのはさっちゃんだけだ。


 私の話に相槌を打ちながら、ちらりとさっちゃんが有住を見る。

 有住は、またもや飲んでいたジュースを零していた。

 こいつは毎回毎回、本当に口元ゆるゆる過ぎるんじゃなかろうか。


 仕方ないので、持っていたティッシュで口元を拭いてやる。

「今日もお熱いことで」

「違うって!」


 必死に否定する有住に、「何も力いっぱい拒否せんでも」と抗議すると、キッと睨まれた。

 私、今何かしたか。


「それで、推しのVtuberがそんな話してて嬉しかったんだね」

 さっちゃんが続ける。

 心なしか、有住を生暖かい目で見ている気がするけど、気のせいかもしれない。


「うん。あと、その話をしている時のさくたんが凄く嬉しそうでさ。その友達と遊んで本当に楽しかったんだなって思って。そしたら私も何だか嬉しくなってさ。さくたんが幸せだと、私も幸せだから」

「だってさー、有住。嫁が浮気してるよ」

「嫁じゃなぁぁぁぁい!」


 教室中に有住の叫びが木霊する。

 いつもテンション低めの有住が、こんなに大きい声を出すのも珍しい。


 ――ああ、そういえば。

「いつも声が低めだから気づかなかったけどさ。有住って高い声出したらさくたんに声似てるね」


 そうなのだ。

 いつも私達と話す時の有住は脱力系女子だから、テンションも低いし声のトーンも比例して低い。

 対して犬養桜はいつも明るい声だから気がつかなかったけど、結構似ている。


「有住、低い声以外出せるんだな」

 そう言い終わるのと有住からデコピンが飛んで来るのはほぼ同時だった。


「吉谷はにぶちんだねぇ。だから嫁にデコピンくらうんだよ」

「え、私鈍いかなぁ?それよく言われるんだけど」

「嫁の下りも否定しようよ。ほら、さっちゃんと吉谷がいじめるから、有住また拗ねちゃったじゃん」


 ようちゃんに窘められて見ると、確かに有住は机に額を押し付けていた。

「気持ち悪いなぁ」

「それ口から出てるからな。吉谷なんか大嫌いだ。さっちゃんもいじわるだ」


 有住に嫌われるのは辛い。

 慌てて、持っていたチョコや飴玉を有住に差し出した。

 何だか今日の有住は、情緒が不安定でジェットコースターのようだけれど、たまにはこんな日もあるんだろう。


「しばらく犬養桜の話はやめておこう」

 申し訳なさそうな顔をしたさっちゃんに、肩をぽんと叩かれた。


 よく分からない。

 有住がなんでこんなに落ち込んでいるのかも、さっちゃんが何に気を遣っているのかも。

 でも要するに、あれか。たぶん……。


「ごめんな有住。ヤキモチ妬かせちゃって」

その直後、本日二度目の有住の雄たけびが、教室中に響き渡った。





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第2章はここで終わりです。

次からは第3章。

次回以降はもっと犬養桜のVtuber仲間や、有住、吉谷たちの学園生活について書いていく予定です。

(まだプロットも作っていない)


ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。(><)

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