第3話 有住愛花を、部屋によんでみた
「お邪魔しまーす」
そう言って私の部屋に足を踏み入れた有住は、きょろきょろと私の部屋を見回した。
有住を自宅の部屋に迎え入れるのは初めてだったから、学校とは違う自分のプライベートな部分を見られているようで、実は少し、緊張している。
有住もたぶんそうで、少し遠慮がちに肩に掛けていた学生鞄を部屋の隅に置くと、「思ったよりも女の子な部屋だね」と感想を述べた。
「何それ。どんな部屋だと思ってたの」
「いや、私の部屋は機能性重視というか、パソコン周辺は機器が沢山配置されてるけど、他はぬいぐるみとか可愛らしいものって何にもないからさ。そもそも部屋の色もこんなパステルピンクの敷物やカーテンなんてないし」
沢山のパソコン機器に囲まれながら、画面に向かってネットサーフィンやら何やらおこなっている有住を想像する。
何だかちぐはぐな光景に思えた。
有住は、こう……なんだかんだ美人なのだ。すらりとした体型で手足も長い。長い黒髪に、肌の色も白くて透き通っている。
休みの日は、真面目に勉強したりちょっとお洒落なカフェでファッション雑誌読んだりしてます、みたいなイメージ。
それなのに、実際に聞いたこいつの休日は「一日中髪の毛結い上げてパソコン触ってる。あとはジョギングするぐらい」だもんな。
サラリーマンの休日かよ。
色恋沙汰にも興味があまりないらしく、女子特有の「気になってる人の情報を友達と共有してキャッキャする」なんて会話も有住にとっては苦痛でしかないだろう。
ほんと、変なやつ。
変なやつだけれど、 有住といると気を張る必要がなくて、楽だ。
「んで、ノートパソコンどこよ」
「ん、ああ、これこれ。セットアップ宜しくお願いしまーす」
そう言って壁際の学習机に置いていた新品のパソコンを手渡す。
有住は鷹揚に頷くと、受け取ったパソコンを持って部屋の中央に位置するローテーブルに座り込んだ。
今日は私が買った新しいパソコンの初期設定をしてもらうために連れてきたのだ。
さくたんの配信をパソコンでも観たい――、そう思いついてバイト代握りしめてショップに向かったのはいいけれど、パソコンって、買った後に初期設定ってやつが必要らしい。
しかもそれにも、お店でやってもらうと追加料金がかかるとか。
初期設定費用の込みと無しとでは、価格が万単位で違うことに驚いた。バイト代でやりくりする高校生のお財布に優しくない。
正直、パソコンのスペックの良し悪しも分からない。動画さえ見れればいいけど…。
結局有住に頼んで一緒に選んでもらい、「初期設定なら私やろうか」というこいつの言葉に甘えるかたちになったのだ。
それで今日は、ようやくパソコンが届いたので来てもらった。
「設定って言っても30分もしないうちに終わるけどね、多分」
「そんなに簡単なの?」
「簡単だし、今のパソコンって立ち上げればほとんど自動でやってくれるから。あとはアカウント設定とかのコードを自分で打ち込むくらいかな」
そう言いながら、私が渡したアカウント情報を淀みなくポチポチと打ち込んでいく。
うーん、頼もしい。
「有住が持っているパソコンってどんなやつなの」
「私が持っているのは、デスクトップタイプのパソコンで、確かCPUがこれの一段階上で、えーっと、あとはゲームもするから……」
「ふーん、私は全然詳しくないんだけど、たぶんそれ、さくたんのパソコンと同じくらいだね。それって結構凄い感じなの?」
そう返した途端、有住はパソコンを覗き込んでいた姿勢からガバッと音がしそうな勢いで顔をあげた。大きく目が見開いている。
「な、な、なんで犬養桜のパソコンのスペック知ってんの!?」
「え、何って……、この間、マイ〇ラってゲームの配信している時に、さくたんがキーボードのどこかを押してゲームの画面表示を変えたんだけど、そこにパソコンのスペックってやつ?が表示されてたらしくてさ。コメント欄が、さくたん、ゲームよわよわなのにこんな良いの使ってるのか、って」
「お父さんが使ってたやつだから仕方ないじゃん……」
「え?」
何でもない、というと少し不貞腐れたように作業を再開し始めた。
急に騒ぎ出したり、不機嫌になったり、よく分からないやつだ。
「吉谷はさ、犬養桜の前世気にならないの?」
「前世?ああ、Vtuberの前世って、以前していたリアル世界での活動のことだっけ」
「うん、そう」
「気にはなるよ。でも多分、さくたんは配信活動は今回が初めてじゃないかな」
そう言うと、きょとんとした顔で有住がこちらを見てくる。
今日は色んな表情を見せるな、こいつ。
「なんでそう思うの?」
「んー、ネット見たら、犬養桜の前世はこの人!ってあげているサイトもあるけど、みんな声とか喋り方が違うし」
「吉谷、声の違いわかるんだ……? 」
ん?ケンカ売ってるのかな?
「と、まぁ、取り合えず、年齢は分からないけど、配信での喋りとか諸々、たどたどしいところもあるから、たぶん本当に駆け出しなんだと思う」
そうだ。
たどたどしくても、それでも出来ることを一生懸命、真面目に答えようとして頑張っている姿をたまたま見つけて、この子いいな、と思ったんだった。
「そっか」
はい、できたよ、そう言って有住がパソコンを寄越す。
「なんだかんだで結構データ容量あるやつ買ったし、何か犬養桜がやっていた無料ゲームでもダウンロードしてみたら?私が分かるものなら、やり方教えてあげるし」
そう言う有住の声色は、なんだか少し優しくて、初めてさくたんの声と有住の声って似てるな、って思った。
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